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1章第13話 女装乙女に壁ドンされる夢見る乙女(in女子トイレ)。

 インカムで、保育実習室から目と鼻の先にあるトイレに聖さんを呼び出す。


「多忙の中、お呼び立てして申し訳ございません」


「察知してくれてるなら、行事が終わってからにして欲しかったわね」


「緊急を要する用件でしたので」


「なら、早くして」


 目で見てわかるくらいに不機嫌な聖さん。入学式の鋭い目つきと当たりの強い口調で、他者を遠ざけていた彼女を思い出す。


 聖さんは子どもを怖がっている。

 ――ううん。


「他者とどのように関わればいいのか悩んでらっしゃいますね」


「それが緊急を要する用件? ふん、また日を改めてちょうだい」


「聖さんが変われるとすれば、子どもと接することができるこの行事しかないのです!」


「は、恵、唯……?」


 逃げようとした聖さんの手をとり、壁際まで追い詰める。さらに勢いそのままに彼女の脇にするりと腕を入れ、退路を断った。

 絶対に逃がさない。


「この問題は後回しにすればするほど、子どもと触れ合いたい気持ちが薄れ、幼稚園教諭を目指したことを後悔することになります」


「顔に似合わず、強引なのね。失礼を承知でいうけれど、少し男らしかったわ」


「褒め言葉として、受け取りますね」


「時間が惜しいわ。本題に入りなさい」


「聖さん、子どもとの関わり方に悩んでらっしゃいますね」


「行動にでも表れてた?」


「ええ、とてもわかりやすく」


「そ」


 聖さんの顔がみるみるうちに赤く染まる。悩みを言い当てられたことが恥ずかしかったのだろう。


「あ……」


 トイレで、しかも恥じらっている黒髪清楚の女の子に女装男子が壁ドンをしているこの状況!

 いかがわしい。よくない。ボクの正体を知っている学長や高原先生に見られでもしたら……いやいや、ここ女子トイレだからそんな心配はいらないじゃん。


 聖さんに裾を引っ張られる。


「つ、続き」


「あ、はい」


 いかがわしい状況に見えるかもしれないけど、距離を置いたことで逃げられても困る。

 このまま話を進めた。


「えっと……学長は聖さんの理念を否定するようなことをおっしゃられていましたが、そのご本人が教員が指導してくださる言葉がすべて正しいとは限らないと口にしていました。ですから――」


「私は納得してしまったの。同年代の人間とも分かり合えないのだから、子どもの気持ちなんて理解できるはずがないってね」


「では、あなたの理念は間違っていると?」


「別に私の理念なんかじゃあ……」


「自分のでなければ、そこまで悩む必要がないはずです。自分の仕事も遂行できないほどに悩むなんて、聖さんらしくないですし」


「あれは母の受け売りなのよ。だから、私のじゃない」


「……」


「確かに子どもの気持ちが理解できれば、よりよい保育が行えるでしょうね。でも、理解できないから、実親は物理的な攻撃に走るようになるし、関わることを止めてしまう実親もいる。ほかにも例を挙げたらキリがないほどに、子どもを取り巻く事件は増える一方よ。その負のサイクルが途絶えない以上、私の母の理念は理想でしかないわ」


「――わたくしはそうは思いません。子どもを理解する、それは難しいことです。それでも子どもと触れ合って、会話を通して理解しようと努力しなくてはいけません。それを活かせる状況がきたときに備えて。病気の早期発見や事前に虐待を防ぐために――子どもたちを守る味方であるために」


「……私は、いまあなたが言ったようなことを学長に否定されたのよ」


「否定されたと感じたのは、あなたが子どもの気持ちを理解することを諦めたからでしょう?」


「諦めたって……」


「わたくしは諦めません。だって、わたくしたち目指す幼稚園教諭は子どものスペシャリストですから。例え完璧に理解することは無理だとしても、子どもと関わり、理解しようと努めます」


「……」


 悩んでいるんだろうか。難しい形相で黙りこくっている。


 あと一押しで、彼女に幼稚園教諭の魅力をわかって貰える。

 幼稚園教諭になる喜びを知って貰える。なら、友達として引くわけにはいかない。


「あなたはまだ行動に起こしてもいないというのに、あれこれ悩まないでください。まずは子どもと関わる努力をしてください」


「……」


 ボクの想いはぶつけられた。

 これでどのような行動を取るのかは、聖さん次第。

 ここからは友達として見守りたいと思った。

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