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1章第11話 準備せよ夢見る乙女たち。

「聖ちゃん、ピアノを教えてくれてありがと」


「聖さんのおかげで、合格できました」


 4月末の金曜日。


 3人ともピアノの実技テストを無事に突破した。この結果は、約2週間に渡って行われた聖さんの厳しい指導あってこその賜物。


「粗削りな演奏で合格ねぇ。この大学の教員は、合格の基準がかなり低いのね。私なら、及第点を与えるわ」


「それでも合格させてくれるんだね!」


「それはまあ、私が指導した生徒が不合格なんて許されないから……」


「嬉しそうですね、聖さん。表情がいつもより柔らかいです」


「いつもよりってなによ。いつもは無愛想みたいないい方はやめなさい、恵唯」


「そうだよ、恵唯ちゃん。聖さんは、いつもキリッと、いまは優しい笑顔を浮かべててすごく可愛い」


「それは誇張じゃないかしら!? わ、私は可愛いとか、そういう……」


「照れてるん照れてるんー可愛いなっ。むぎゅぎゅうぅ」


 杏樹さんが聖さんに抱きつく。

 女の子同士が抱き合う姿は美しい。和やかな気持ちになると他人ごとみたいに傍観していると、


「合格したんだから、あなたも巻き添えよ」


「はひ、まだ心の準備が……!」


 聖さんに引っ張られて、女の子同士が友情を確かめ合っている和にボクも混ざることに。


「わたくしは遠慮させていただきたいと……」


「いいじゃんいいじゃん。みんなでお祝いだよっ」


「いいのでしょうか……」


「反対に駄目な理由でもあるのかしら?」


「な、ないですけれど……」


「なら、いいよね! よっとっと」


 杏樹さんがたわわに実った果実をボクのおへそ辺りに押し当ててくる。ふかふかして柔らかい。だけど、弾力は損なわない杏樹さんの大きな胸。

 あー……気持ちいい。ずっと感じていたい。


「あっ……」


 聖さんの髪がボクの鼻元で揺れる。柑橘の爽やかで落ち着く香り。実技テストの疲れが一気に抜けていく。

 あー……心地いい。意識が飛んでいきそう。


 これは女子大で頑張るボクへのご褒美かな?

 よし、これで明日のすずしろキッズゲームたーいーかーいぃー(通称・ゲーム大会)の本番も乗り越えられる。

 ううん、その前に残りの準備を終わらせなくちゃ。




 ピアノの実技テストを終えて、保育実習室に集まる1年生。


 現在の時刻は18時。

 撤収は20時と、残り2時間の作業で、明日のゲーム大会を迎えられる環境にしなちゃいけない。

 っていってもミニゲームはあらかた完成しているから、メインの作業は装飾だけ。予定時刻には、切り上げられるようになっている。


「でも、どこから手をつければ……」


 ゲーム大会の会場に選ばれた保育実習室は、教材、教具、備品などが完備してあって、幼稚園のお部屋を再現した設計になっている。

 それを如何に華やかに彩るか、だね


「杏樹、お願いした物はできてる?」


「もちだよ、聖ちゃん! 待っててね」


 ファイルからA4サイズの用紙を取り出す杏樹さん。用紙には、入り口のドアから、部屋全体が見渡せる構図で保育実習室内が描かれていた。


「杏樹には、会場の完成図を描いてもらったわ。この通りにとはいかないでしょうけど、このイメージで装飾してくれるかしら?」


「「「「はい」」」」


「じゃあ――」


 聖さんは、指示を飛ばす。


 その間にボクは、聖さんの隣でふんぞり返る杏樹さんに話かける。


「杏樹さんって絵がお上手なのですね。でも、そのような特技があるなんて、初めて知りました」


「えへへ、講義中にお絵描きしてたら、聖ちゃんに見られちゃって……恵唯ちゃんは集中してたから、気づかなかったみたいだけど」


「ちゃんと講義を受けてください」


「はい……」


 さっきまで自信ありげにしていたのが嘘みたいに肩を落とす杏樹さん。頑張ろうね、を最後の言葉に自分の仕事に移っていった。


「残りの……恵唯と私だけれど、高い位置の装飾を行いましょう」


「背の見せどころですね! 頑張りますっ」


「背の見せどころって。女の子で高身長って普通コンプレックスに感じるところでしょう……」


 ボクと聖さんは、椅子に乗っかり、折り紙で折って作った装飾を壁に貼りつけていく。


 隣に並んでみるとはっきりとわかる。聖さんは、ボクよりも3cmくらい高い。ってことは、聖さんの身長は170cmあるか、ないかでーー。

 う、羨ましい……。それに身体の線も細いし、肌も真っ白くて綺麗だから、モデルに向いてるよね。


「聖さんっていいですよね」


「あなたの方がよっぽどいいわ」


「え……?」


 聖さんを褒めたはずが、ノータイム返信でボクが褒められた。


 ボクの方がよっぽどいい……? それはどういう……。


 彼女は作業を進行しながら、言葉を続けた。


「正直、この大学に通う大半はネームバリューが目的よね。だって、幼稚園教諭なんて給料が安くて、ハードな仕事じゃない。しかも、その仕事に就くには、毎年100万、それを4年間払わなくてはいけないのよ? 良家のお嬢様が、自分の家が金持ちだと主張するための肩書きにもってこいよね」


「それは大袈裟ですよ。杏樹さんは地方から出てまで幼稚園教諭を目指していますし、当然わたくしも、」


「そう、あなたは違った。講義は真面目に受けて、ピアノの練習は真剣に取り組んでいた。あなたは、本気で幼稚園教諭を目指してるわ」


「幼稚園教諭になるために通っていますから、努力をするのは当然です」


「私からすれば、あなたは何かに取り憑かれているような、幼稚園教諭に執着する呪いにかかっているような……仰々しいかもしれないけれど、幼稚園教諭に興味がない人から見ればそんな感じ。私にはそこまで思い入れがあるわけじゃないから、羨ましい」


「……」


 じゃあ、なんで聖さんは幼稚園教諭の資格が取得できる清白女子大学を選択したの?

 ボクは聖さんの方が断然羨ましいよ。まず女の子に産まれて、堂々とこの大学に通えることが羨ましい。あとピアノが上手に弾けて、女の子なのに身長が高くて……それにそれに!

 あーもう! ズルいズルいズルい! ボクも女の子に産まれたかったー!


 と大声で心の声を叫びたかった。駄々をこねて、聖さんを困らせたかった。

 でも、いまはまだ性別を明かすわけにはいかない。


 ボクは聖さんが幼稚園教諭に関心を持ってくれる方法を模索することに決めた。それが聖さんのためになると信じて。


 それ以降、2人の会話が途絶える。

 しかし、行事の前日ということもあって、周囲は大盛り上がり。明日が楽しみで、興奮が抑えきれないんだろう。


 聖さんの配置は適材適所で無駄がなく、指示が適切なこともあって、作業は順調に進み――無事にゲーム大会当日を迎える。

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