1章第9話 譲り合う夢見る乙女たち。
…………。
……。
どんっ!
粛然が支配していた教室に、ドアの閉じる音が木霊した。
「どーもどーも、センセーだよー? 2限のときぶりだね、みんな」
腹式呼吸で膨らんだ大きな胸から発せられた可愛い声。その声の主、ツインテールがよく似合う美少女が姿を現す。
「やえ子先生!」
「やえやえ先生なのっ」
「助、かっ、た……。藤波先生は、私たちの救世主だね!」
「あたし、学長の恐ろしさにチビるかと思ったよ。顧問の先生より怖かったぁ〜……」
「ウチは、何ともなかったし? 白髪ジジィが口うるさくいうから、仕方なく静かにしてやっただけだから」
「清白大学を支配する魔王に怯んでいないなんて……さすがっす! 強心臓っす!」
「学長がいらっしゃったときとは、空気が180度違いますわ」
「やえちんのおかげで教室内の空気が変わったよね」
クラスメイト一同は、1人を除いて大盛り上がり。暗かった空気が、藤波先生の登場で払拭される。
「学長なら、まだ教室の前に――」
「「「「ひぃ……!」」」」
「あわわ……退学は嫌なの……」
「ちーん、あたしの将来終わったあぁ……」
「嘘ぴよーん。騙されちゃったねーあはは」
1人を除いて、みんなの顔が青ざめる。それはもう瀕死状態だった。双子の妹さんの方と運動大好きっ娘さんにいたっては、泡を吹いて机に突っ伏してたし、みんな学長が苦手なんだね。
あ、名前はまだ覚えていないんです、ごめんなさい。
自己紹介で名前を知る機会があっても、話す機会がないとね……。自分から積極的に話しかけに行かないボクに非があるんだけど。みんなは、ボクのことを名前で呼んでくれるし、ボクの方もそろそろ覚えていかなきゃ。
「やえ子先生は何の用できたんだろう……? 冗談をいいにきたわけじゃないだろうし」
「よくぞ聞いてくれたね、おっぱいちゃん。なんとだね、ゴールデンウィークに子どもたちを招いて、色んなゲームをしたいと思いまーす」
「藤波先生の思いつきですか?」
「え、違う! 新入生が行う毎年恒例の行事だよーっ」
ボクのツッコミは的外れに終わる。
さすがにノリだけで、子どもたちを招くとは言わないよね。
「その名も、すずしろキッズゲームたーいーかーいぃー。通称、ゲーム大会だよ!」
「名前が雑ですね」
「センスが一欠片も感じられないよ」
「考えたのセンセーじゃないからー! 親しみやすいようにって、昔からこんな変な名前なの」
毎年恒例の行事というくらいだ。昔からある清白女子大学の伝統なんだろうな。
「変な名前であることは認めてしまうのですね」
「だから、センセーは関係ないのに! もう怒ったよ。おっぱいちゃんと美少女くんは、評価Dにしちゃうからねーっだ!」
「単位を落としちゃった!?」
「必修科目だから、来年もまた受けてねー」
ゲーム大会が必修科目?
「あ、もしかして子ども学基礎の一環として行うのですか?」
「美少女くん鋭い! そして、センセーが学長先生に代わって、ゲーム大会のお手伝いをしちゃいまーす。しぶしぶだけど!」
「しぶしぶなんですね!」
「そうだ。頭の回転が速い美少女くんと、才女と噂のクールちゃんに実行委員長? リーダー役? をやってもらおうかな。2人だったら、センセーも楽できるしねー」
運動遊びのときの楽しげな姿はどこへやら。藤波先生は、どこか投げやりな態度だ。その上、教卓から離れて、身体の半分が廊下に飛び出していた。本当にしぶしぶでやっていることがよくわかる。
「やるしかないのですね……」
「恵唯ちんなら、安心だね」
「ですわ! 楽しいパーティーにしましょう?」
なにその、謎の信頼。ただ自分がやりたくないだけだよね? ボクを身代わりしようとしてるんだよね!?
「ウチじゃなければ、誰でもいい」
「いやいやいや、ここは姉御が引き受けるべきっすよ!」
「んなダルいことすっか、馬鹿」
「お願い、佐々宮さんっ」
「やるしかないね、恵唯ちゃん!」
案の定だった。
ないとは思うけど、これを断って周りから目の敵にされても困るし……。ないとは思うけどね? でも、女の子の人間関係は複雑で、なにがいじめのトリガーになるのかなんてわからないし……。
杏樹さんやその他クラスメイトの声援を背にボクもしぶしぶではあるけど、実行委員長を務めることにした。
そして、無言は肯定と同義であると豪語したセンセーが、聖さんを強引に実行委員長に。
聖さんは、学長との討論からずっと上の空だけど、大丈夫なのかな……?
先が思いやられる。