第一話「僕の好きなひと」(後編)
彼女はしばらく泣き続けていたけれど、落ち着いてきたみたいで目尻に残っている涙を制服の袖でごしごしとぬぐっている。目元は赤く腫れてしまっているけど、もう大丈夫そうだ。
「ねえ、私どうしたらいいのかな」
ひとしきり涙をふいて、もうほとんど涙も乾いてきたころに彼女は僕に問う。だけど僕はその問いに答えずに、僕から彼女に質問を投げかける。
君はどうしたいの?
「どうなんだろう……。よくわかんないや」
そうか、じゃあ君はどうなりたいの?
「どう、なりたいか……?」
僕はもう一度質問を投げかける。それはさっきの質問と似ているようで大きく違っていた。
君はその子とどうなりたいの?
想いつづけているだけで満足?それとも想いを伝えたい?それとも…
僕はその言葉を言うかどうか少しの間迷って、やっぱり言った。
それとも、その子と恋人になりたいの?
その質問に彼女はやはりすぐに答えは出せずに、黙りこんでしまう。だけどしばらくして彼女なりの答えを見つけ出したようだ。
「私は、ずっと一緒にいたい」
それは友達として?恋人として?
少し意地悪な質問だけど、今度の質問には彼女は迷うことなく答えた。
「どっちも、じゃダメかな。友達としてずっと支えてあげたいし、恋人としてずっと愛していたい。今の私には決められないから、どっちも」
どっちも、か。ずいぶん欲張りだけどそれが彼女の答えならそれでいいんだと思う。
難しいかもしれないけど、君ならきっと大丈夫。君は強いから。
「そんなことないよ。私はいつだって迷って、いつだって泣き出しそうで、でも君がそう言うなら頑張れる気がする。だから精一杯やってみるよ」
そう言って笑う彼女を見て僕は思う。彼女は自分のことを強くないなんて言うけれど、やっぱり強い心を持っている。迷っても、泣き出しそうになっても、彼女はいつもそれを乗り越えて笑ってきた。そんな彼女の姿に僕は何度も救われてきた。だからわかる。君は強い。
もう元気になったみたいだね。
「うん。今日はほんとうにありがとう。君と話せてすごく楽になったよ」
そう言う彼女はもういつもと変わらない笑顔に戻っていた。
僕で良ければいつだって相談に乗るから、遠慮することはないよ。
「じゃあお言葉に甘えてまたお願いするね」
彼女の笑顔を見て僕は思う。
僕が彼女のためにできることが見つかった。それは彼女を笑顔にすること。僕は誰よりも彼女を笑顔にさせることができる。これだけはきっと彼女の好きなひとにも負けない自信がある。僕は彼女の恋人にはなれない。だからこそ、せめて彼女をいちばん笑わせる人になりたい。
「おじゃましました。それじゃあまた明日」
そう言って自分の家に帰っていく彼女の小さい背中を見送りながら僕はその背中に向けて誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「やっぱり僕は、君のことが好きだ」