第一話「僕の好きなひと」(前編)
「話したいことがあるんだけど……」
それは冬の日、幼馴染の女の子が校門の前で待っていた。寒いのに長い間待っていたみたいで頬と指がほんのり赤く染まっている。
言ってくれれば早く出てきたのに。
「勉強の邪魔したら悪いと思って。ここじゃ話せないから家におじゃましてもいいかな?」
中学生の頃まではお互いの家に遊びに行くことも多かったけど、高校生になってからはいつの間にかそんなこともなくなっていた。
こうやって二人で歩くのも三年ぶりかな。
「そうだね……」
二人の会話がなくなって足音だけが聞こえる。彼女と話すのは楽しくて好きだけど、こうやってお互いになにも言わずに一緒にいるのも心地よくて好きだった。
「ごめんね、いきなり押しかけるみたいになって」
遠慮しなくていいよ、と言った僕の心臓は少し高鳴っていた。
彼女のことがずっと好きだった。
今まで想いを伝えられずにいたけれど、今日が最大のチャンスなのかもしれない。
「おじゃまします。……懐かしいなぁ」
彼女は記憶をなぞるように僕の部屋へと向かう。
本当に、懐かしい。
でも昔とは少し違う光景だ。あの頃は同じくらいの身長だったけれど今は僕のほうがずっと大きくなっている。きっとそのせいだ。
「この漫画、まだ揃ってないんだ」
彼女がお気に入りだった漫画。昔は食い入るように何度も読み返していた。
読みたいなら全巻揃えようか、と提案する。
「本当?じゃあまたおじゃまさせてもらおうかな」
昔みたいに笑う彼女につられて僕も笑う。
「あのさ、好きな人っている?」
いきなり飛んできた質問に少し驚くけど、いるよ、と正直に答える。
「私も好きな人がいるんだ。でもね、男の人じゃないの」
一瞬、なにを言っているのかわからず言葉を発することができない。
そんな僕を見て、なにを思ったのだろう。彼女は悲しそうな顔をしながら話を続ける。
「何度も自分の気持に嘘をつこうとしたけどダメだった。どうしようもなく好きなの。おかしいって自分でも思うけど、それでも好きなの。ごめんね、こんな話して。気持ち悪いよね」
今にも泣きそうな彼女に、僕がかけられる言葉はこれしかない。
人を好きになるのはおかしいことなんかじゃない。少なくとも僕は君を気持ち悪いとは思わない。
その言葉を聞いた彼女は、僕の意に反して泣き出してしまう。
「ごめんね。ありがとう」
謝罪と感謝の言葉を繰り返す彼女にかける言葉を見つけられず僕はただどうして謝るのかと聞くことしかできなかった。
「私わかってた。君なら私のことを否定しないだろうって、だから君に話したの。ただ私を肯定する言葉を聞くために君に話したの。自分のことしか考えてなかった。だから、ごめんなさい」
彼女は正直者だ。自分も苦しんでいるのに非を認めて謝るなんてなかなかできることじゃない。純粋で素直で、それに笑った顔は僕を元気づけてくれる。僕はやっぱりこの子が好きなんだ。
君が望むなら、僕に出来る事はなんでもする。
たとえそれが恋の応援だったとしても、その恋が普通と少し違ったとしても。
「なんで君はそんなにやさしいのかな。甘えたくなっちゃうよ」
いくらでも甘えればいい。君は幼馴染で、一番最初に出来た一番大切な友達だ。だから君を助けるのは当然だよ。
僕にとって彼女は一番大切な友達だ。でも僕は彼女にそれ以上の感情を抱いている。きっと彼女がそれを知れば自分を責める。だから僕は少しだけ嘘をついてしまった。
「ありがとう。私は幸せものだね。君みたいな人が昔からそばに居てくれるんだから。今日は君と話せてよかった」
その言葉は僕の心をチクリと刺すけれどこれでいいんだ。僕が望むのは君の幸せなんだから。