プロローグ
僕は涙を流す。
母校の校門で幼馴染を見送ってからその場に座り込んで涙を流す。
悲しさとか悔しさとかもあったけれど一番大きいのは嬉しさだった。一度は立ち止まってしまった彼女が自分の想いのためにまた走り出す手助けをしてあげられたから、彼女をまた笑わせてあげることができたから。だからとても嬉しい。
だけどその幸せのなかに僕はいない。そう思うと悲しさとか悔しさとかそういう気持ちも溢れ出してくる。でもそれでいいんだ。僕は彼女のためになんでもするって決めたんだから。
冬のつめたい空気を肺にめいっぱい吸い込んで、でも誰にも聞こえない声でつぶやく。
「好きだ。これまでもずっと、これからもずっと、ずっと好きだ。だからどうか君が幸せでありつづけますように……」
そうつぶやいた僕の眼から涙がこぼれる。でも涙といっしょに悲しさや悔しさが心の中から流れていくみたいで、僕の心はだんだん晴れやかになっていった。
私は走る。
好きなひとが待っているから、一番大切な友だちが背中を押してくれたから。
一度は立ち止まってしまったけれど、それでもやっぱり私は自分の気持に嘘をつきたくない。自分の気持に嘘をついたらきっと後悔するから。
彼は私のことを好きだと言ってくれた。好きだからこそ私のためにがんばってきてくれた。だから彼のその気持を裏切るわけにはいかない。私のためにも、彼のためにも、そして私の好きなひとのためにも私は走りつづけなくちゃいけない。どんなにつらくても苦しくても、もう立ち止まっちゃいけない。
走って走って、私はあの日の公園にもどってきた。私の呼吸は荒く、口からはきだされる息は冬のつめたい空気にふれてすぐに白くにごる。
目の前には私の好きなひとの後ろ姿。私は冷たい空気を大きくすって、その背中にもう一度あの日の言葉をぶつける。
「好きだよ。あなたのことが好き。いつまでもずっと好き……」
そしてその言葉の後にさらに言葉をつむぐ。
「だから、もう一度、私のことを好きになってください」
もう私はこの幸せを手放したりなんてしない。
私は待ちつづける。
彼女が来ると信じて、彼女はかならず来ると言っていた彼の言葉を信じて。
彼が彼女を信じることができるのは彼女のことが好きだから、それなら私も彼女を信じなくちゃいけない。どれだけつらくても、どれだけ苦しくても信じて待たなくちゃいけない。私がつらい思いをしているときには彼女もつらい思いをしてるはずだから、私が苦しいときには彼女も苦しい思いをしているはずだから。だから私は待ちつづけなくちゃいけない。彼女のすべてを受け止めて、受け入れるために待ちつづけなくちゃいけない。
どのくらい待っただろうか、どこからか走ってくる足音が聞こえてきた。その足音は私の真後ろでピタリと止まる。彼女のはいた白い息が風に流されて私の両脇を通りすぎる。
そして息を大きくすう音。
「好きだよ。あなたのことが好き。いつまでもずっと好き……」
あの日の言葉。あの日もこの場所で私達は恋人になったんだ。そして、彼女はそのまま言葉を紡ぎつづける。
「だから、もう一度、私のことを好きになってください」
好きになってください、か。私はその言葉にどう答えようかすこし考えて、いい答えを思いついてすこし笑う。
「好きっていうのはなってもらうものじゃない。気がついたらなってるものなんだと思うな。それに私はずっとあなたのことが好きだよ。私はあなたのことをもう好きになっちゃってる。ごめんね、つらい思いをさせて、苦しい思いをさせて……。もうあなたのことを放したりしないから」
私は彼女を抱きしめて、彼女は私の腕の中で泣いていた。とりあえず、彼女が泣き止むまで私は待つことにした。