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醜いアヒルの子 学園編 Ⅵ

「うわぁ……」


 ニコルの口から思わずそんな声が漏れた。恐らく、誰であっても似たような反応になるに違いなかった。ニコルの机には隙間を探すのが難しいぐらいにビッシリと、悪意がありありと籠った悪口が書き連ねられていた。実はこんなものは序の口で、上履きは水でビチャビチャにされており、昨日は集団で脅されてお金をほとんど奪われた。


「でも、ま、仕方ないか」


  そう仕方ない。何故なら、それらはすべてニコル自身がそうなるように仕向けたものであるからだ。始まったのは昨日から。少しばかり順調すぎるが、ニコルはすべて受け入れていた。










 始まりは三日前に遡る。

 ニコルはクラスのある女子グループと少しではあるが、ジョージの情報と交換するような形で会話するようになっていた。その会話の中で、ニコルは美幸が無断欠席したという話を聞いた。


「渡良瀬さんが!?」


「うん、そうみたい」


 三人組の中のメガネをかけた女の子が答える。


「ど、どうして!?」


「なんかクラスで言い争いになったらしいよ。…………その、ニコルくんの事で」


「僕の……」


 ニコルは自分が原因であると知り動揺を隠せない。だが、ニコルには思い当たる節があった。毎日のように二人で会っていたことだ。一応人目は避けていたものの、完全に隠すことはできなかった。ニコルはほぼ確信をもって、それが原因だと判断した。それだけ自分が忌み嫌われている存在だと理解している。こうして、今会話している三人組にしろ、決してニコルの事を好きな訳ではない。


「渡良瀬さん……大丈夫かな……?」


「うーん……。あんまり。大丈夫じゃないかも」


 今度は三人の中でも一際小柄な少女が言う。


「親友の子とも口論になって。教室が今日一日。微妙な空気だったって」


 妙に途切れ途切れに話すのが彼女の特徴だ。


「それにクラスの女子が。面白がって。以前にもましていろんな噂。流れてる」


「…………そんな」


 ニコルと美幸の噂話。それはニコルもある程度は把握していた。以前から根も葉もない話だったが、それがさらに脚色されているのは想像に難くなかった。


「渡良瀬さんって今まで絵にかいたような優等生で生徒会長で隙がまったくなかったんだよ。周りにも人気はあったんだけど、その分妬んだりする子も多かったんだよね。そんな渡良瀬さんがようやく見せた隙……。反動で余計にマズイ事になるかも……」


 最後はクラス一長身の子が妙に深刻そうな表情で締めくくった。










 彼女達……というよりも、ニコルの不安はすぐに目に見えるようになった。


 ――――ザワザワザワ。


「…………」


 ――――ザワザワザワ。


 噂を聞きつけたのであろう。最近になってようやく沈静化していたはずの見物客がまたぶり返していた。彼、彼女らは動物園で珍獣でも見るように、ニコルに視線を注いでいた。それだけならまだいい。あることないこと邪推し、一方的に嫌悪感を押し付けてくる。


「……ちっ」


 教室でクラスメイトの誰かが舌打ちをした。その鬱陶しげな視線が向けられるのはもちろんニコル。


「…………っ」


 自分のせいではないとしても、クラスメイトに迷惑をかけるのが本意ではないニコルは、視線と囁き声を振り切るように教室を飛び出した。









 教室を飛び出したはいいものの、ニコルの行く先など数える程しかなく、結局辿り着いたのは屋上だった。幸いなことに、屋上には誰もいなかった。最近になって急激に上昇した気温と快晴の中、わざわざ屋上でお昼を過ごす人間など稀なのだろう。


「はぁ」


 ニコルは溜息を吐くと、携帯でジョージにメールを送った。


『渡良瀬美幸さんの噂について知ってる?』


 情けないことに、ニコルには情報源などほとんどない。あるのは無駄に周囲に対して過敏になった耳だけである。急を要する事態に悠長なことは言ってられず、ニコルは協力を仰ぐことにしたのだ。返信はすぐにきた。


『知ってるよ。……ニコチー大丈夫?』


『僕は大丈夫。知ってる情報できる限り教えてほしい』


 ニコルは大丈夫。こんなものは慣れっこだ。だが、美幸はそうではない。ニコルは慣れる前の日々を思い出す。ニコルの以前の学生生活。似たような状況でニコルは家に引きこもり、結局その学校には二度と行くことはなかった。美幸と初めて会った時にニコルがすぐに警戒を解いた訳、それをニコルはこの時になって理解した。美幸は弱い人間だったのだ。もしかすると、ニコルよりも。ガラス細工のように繊細で儚い内面。人気のわりに友達が少ないのは、失うのが恐いから。美幸の小さな両腕で抱えきれる限界が現状なのだ。その美幸が親友と仲違いしてしまった。美幸のショックは計り知れないだろう。


「…………同情なのかな」


 もしくは、美幸を救うことで自分が救われようとしている。少なくとも、その気持ちは純粋なものではない。

 携帯が鳴る。ニコルはそのメールを開いた。


『僕とニコチーで二股かけてるとか、僕に近づくためにニコチーを利用してるとか。実はヤリマンのビッチだったとか、援助交際してるんじゃないかとか、誰々の彼氏を寝取ったとか……僕の知り合いに聞いた限りでは流れてる噂はこんな感じだよ』


「…………」


 ニコルはそのメールを見て、言葉に詰まった。『僕とニコチーで二股かけてるとか、僕に近づくためにニコチーを利用してるとか』それは美幸からしてみれば、ジョージに一番知られたくなかった噂に違いないだろう。だが、それ以上にニコルを後悔させる言葉がメールの文末にあった。


 ――――もしかして、僕のせい?


 ニコルは慌ててメールを送り返す。


『違うよ。そんな訳ないよ』


『……そっか』


『だから気にしないで』


「……うん」


 繰り返すメール。その中で、ジョージが気にしているのは明らかだった。だから、ニコルはあの報告をする事にした。


『渡良瀬さん……僕の友達なんだ』


 効果は劇的だった。


『え!?良かったじゃん!おめでとう!!』


 離れていても、ジョージの喜びが手に取るように分かった。


『ニコチーの初めての友達のために、僕ができることってないかな?』


 優しいジョージらしい言葉だった。美幸が惹かれたのも当然だ。


『大丈夫だよ。僕にまかせて』


 今はまだ、ジョージに何かをしてもらうことはできないし、何よりも美幸が望まないだろう。ニコルは美幸のために何ができるのかを考え、覚悟を決めた。


『今度、渡良瀬さんの事紹介するね』


『うわー、どんな子なんだろう。ニコチーに『お友達』を紹介してもらうの楽しみにしてる!だから頑張って!!』


 ニコルが任せてと言えば、ジョージは何も言わずに任せてくれる。それを信頼と呼ぶのだろう。そして、ニコルがどうしようもなくなれば、ジョージはまた何も聞かずに助けてくれるのだ。もしかすると、そんな関係を家族と呼ぶのかもしれない。











 ニコルは教室に戻ると、女子三人組に声をかけた。そして、ある噂を流してもらう交渉をした。三人組は最初こそ渋ったものの、ジョージの寝顔写真を餌にすると簡単に食いついてきた。

 その噂とは――――


 ニコルが美幸に対して性的な嫌がらせをし、それをネタに脅している……かも、というものだった。


 誰もがニコルの美幸の関係を訝しむ。何故なら、ニコルと友達になろうなんて大多数の人間にしてはありえない事なのだ。人間は自己の価値観を持ってしか他者を図ることができない。自分が『こう』だから相手も『そう』だろう。誰もが通る思考。その極当たり前のプロセスは時としてどんな善人も悪魔に変えてしまう。

 だから、


「僕が皆に誰もが納得できる『理由』を与えてあげる――――」







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