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醜いアヒルの子 学園編 Ⅴ

「ねぇ、美幸っ!? 2組のエイリアンと最近一緒にいるのって本当なの?!」


 校門を潜って早々、美幸は数少ない友人の一人である倉敷早苗の大声を鼓膜に浴びるという悲劇に合っていた。


「本当です」


 エイリアンが誰なのかは聞くまでもない事であった。美幸の眼は飾りではない。むしろ視力はすこぶる良かった。ただ、美幸は人を外見で判断することが嫌いであった。裕福な家庭で育ち、親にも恵まれた美幸は周囲の期待通りの成長を見せていた。


「あっ」


 ――――つい最近までは。


 美幸の視界に一人の人物が捉えられていた。中性的で華奢。外見からは男らしさの欠片も見えないその人物の男らしさを美幸は知っている。


「ジョージ……くん」


 今年入学してきたばかりの新入生。ジョージ・ウィルソン。その容姿から、同学年だけでなく、上級生にも注目されている美少年である。とある事情から、美幸はジョージに恋心を抱いていた。


「あ、ジョージくんじゃん」


 隣を歩いていた早苗もジョージを見つけたらしく、目の保養とばかりにじーと見つめている。


「何度見てもエイリアンと同じ血が繋がっているとは思えないわね」


「……そのエイリアンというの、やめた方がいいと思います」


 思わずそんな言葉が美幸の口から飛び出す。案の定、早苗は驚いたような表情を浮かべていた。


「めずらしいね、美幸がそういう事言うなんて……」


 渡良瀬美幸という少女はたいていの場合平等だ。執着心が薄いとも言えるかもしれない。人間関係においては特定の人物を除いては広く浅く。興味のあるものと、ないものとの格差が大きい。その結果、美幸を慕う者は多いが、友人と呼べるのは早苗を除くと、もう一人くらいしかいない。そのもう一人もつい最近できた友達であった。自分に関係のあるもの以外には悪く言えばドライな美幸。だというのに、早苗の言葉を咎めた自分に、そこまで彼を気に入っていた自分に僅かながら美幸は驚いた。


「……やっぱ会ってるのまじなんだ」


「さっきもそう言ったでしょう?」


 そう言った瞬間の早苗の苦虫を噛み潰したような表情が気になった。


「もう会うのやめなよ」


「どうしてですか?」


 美幸はその理由を大まかながら知っていた。女というものは普通に生活しているだけで、その手の噂話が自然と耳に入ってくる。知りたいことも、知りたくないことも。


「私たちの事を嫌ってるグループが美幸とエイリアンが付き合ってるって噂流してる」


「…………はぁ」


 美幸は馬鹿らしくて溜息を吐く。


「そんな関係じゃありません」


「そんなのわかってるよ!」


 教室に辿り着く。ドアを開けて中に入ると、ニヤついた少女の視線を美幸は感じた。さっき早苗が言っていたグループのリーダー格の少女だった。名前は立川静流。校則で禁止されているにもかかわらず、髪を金色に染め、派手な化粧とキツめの香水の香りを周囲にまき散らしている。静流だけ生活指導の男性教諭に注意されないため、一時はその教師と寝たのではないかと噂もされていた。不良と呼んで差支えない少女。美幸は静流が苦手だった。


「おはよう」


「お、おはよう……」


 普段は目も合わせない間柄。知り合って初とも思えるその挨拶は美幸にしてみれば不気味でしかない。


「私知ってるよ~?」


 鼻にかかる声甘えたような声。男子には人気があるらしいが、美幸は静流の男に媚びたような態度が嫌いだった。その事を早苗に伝えた時に驚かれたのを美幸は覚えている。そして、その話題で盛り上がったものだ。その時に美幸と早苗が出した静流に対しての結論があった。


「2組のウィルソンくんと付き合ってんだって~?! お似合いじゃ~ん! ふふふ」


「誤解です。付き合ってません」


 周囲で聞き耳を立てている生徒にも聞こえるように、美幸は言った。「だよねー」という女子の顔と「よかった……」とホッとする男子の顔が見えた。


「え~? そんなハッキリ言ったらウィルソンくん可愛そうじゃない~? 渡良瀬さん酷くな~い?」


「ニコルくんとはただの友達です。変な誤解されて困るのはエミルくんも同じですよ」


 ――――ざわ…ざわ…ざわ……。


 くん、友達。その言葉を口にした瞬間、教室内が明らかにざわついた。


「ちょ、ちょっとっ!」


 美幸は肩を引っ張られる。早苗だった。慌てたような表情で、捲し立てる。


「何とんでもない事言ってんのよっ!!」


「とんでもない事?」


「エイリアンと友達だとか!?」


「だって……友達だから……」


「エイリアンがどれだけ嫌われてるか知らないの!?」


「……えっ?」


「嫌われてない奴がエイリアンなんて呼ばれる訳ないでしょ?!」


 美幸の知るニコルとは優しく、穏やかで、思いやりがあり、なおかつ異性を感じさせることがほとんどない尊敬に値する人物であった。少し避けられているというのは美幸もニコル自身から聞いていた。だが、そこまでニコルが嫌われているとはニコルを知る美幸からしてみれば信じられない思いだった。


「早苗も……そうなの?」


「えっ?」


「早苗もニコルくんの事……嫌いなの?」


「…………うん」


「――――っ!?」


 美幸は衝撃を受けた。何年間も一緒にいた早苗までもがニコルを嫌いという事実に。前述したように美幸は興味のあるものと、ないものの格差が大きい。ゆえに、興味を持ったものはすごく大事にするし、もっと知りたいとも思う。それは美幸にとって当然の事であった。まして、美幸は早苗と何年も一緒にいた仲だ。授業の二人組から修学旅行など学校行事の班行動まで、学校内外におけるほとんどの思い出が早苗とのものだ。早苗の親とまでは言わないが、その次ぐらいには早苗の事を理解しているつもりであった。だからこそ、ショックであり、その理由を美幸は知りたかった。


「……なんで……そんなに嫌いなの?」


 美幸が知る限り、早苗とニコルの間の交友などはない。何があって早苗がニコルを嫌いになったのか。それが一番の謎だった。


「だってあいつキモいじゃん? あんな奴見たことないっていうか……同じ人間とは思いたくないっていうか……それに――――」


答えは実に単純明快であった。


「あいつって絶対童貞だし、いやらしい視線向けてきそうじゃない? 想像しただけで鳥肌立ちそう……。顔もなんか性犯罪者っぽいし」


 美幸と早苗が盛り上がった静流に対する生理的嫌悪感。それとまったく同じものがニコルに向けられていた。……恐らくは、早苗だけでなく学校のほとんどの生徒と職員から。


「だからさ、美幸もエイリアンと関わるのやめなって! あいつと関わったって何も言いことないよ! ……って、美幸?」


どこか放心したような美幸の意識を戻そうと早苗が両肩に手を伸ばす。


「やっ! 触らないで!」


 ――――パシッ!


「えっ……美幸?」


その手を美幸は反射的に払っていた。


「あっ……」


 美幸の足は震えていた。何でも話し合えるはずの親友が急に怖くなったのだ。早苗だけではない。クラスメイト達も普段からニコルの事を話題にしては笑い、意味のない罵詈雑言を言い合っていた。


 ――――どうして知りもしない人の事をこんな悪く言えるのだろう……。


 何も変わっていないはずの世界。そのはずなのに、美幸には目の前の人達が自分とは違う生き物のように思えてくる。それはさっき早苗が言っていた事と同じ。美幸は嫌いになりたくないのに、嫌いになりそうになっていた。


「あ、そっか~」


 微妙な雰囲気の美幸と早苗の間に、静流は空気を読まずに馴れ馴れしく割り行ってくる。


「もしかして~ウィルソンくんに近づいてるのはジョージくんとお近づきになるために利用してるとか~? 渡良瀬さん、まじひっど~い!キャハハッ!」


「っ!?」


 その言葉は一瞬で美幸の心の中に浸透していった。何故なら、それは真実だったからだ。友達のいないニコルを『友達』を餌に利用している。分かっていたはずだった。だが『利用』という言葉にこれ以上無いほどの嫌悪を覚える。


 ――――わ、私はっ……『お願い』したかっただけでっ……!


 じくじくと染み入る様に心に黒い沁みができていく。美幸は吐き気を覚えた。


「美幸?大丈夫?!」


 それを悟られたのか、早苗が心配そうに美幸の肩を揺する。

 次の瞬間――――


「えっ!?ちょ、ちょっと!!」


 美幸はその場から逃げ出していた。早苗の制止を振り切り、登校中の生徒から奇異の視線も無視して、来た道を逆走する。

 きっとすぐに新しい噂が流れるだろう。それは美幸とニコルが付き合っているというものかもしれない。美幸がニコルを利用しているという内容かもしれない。それらがニコルに迷惑になると分かっていながら、美幸は止まれない。

 栄王の生徒が視界からいなくなると、美幸はようやく足を止めた。


「……私……最低……」


 ニコルとは、まだ2週間ほどの付き合いしかない。だが、それでも毎日のように放課後に屋上で会話した。主はジョージのことだが、お互いの事もいろいろと喋った。その中で、ニコルはどれだけ友達というものに憧れを抱いているのかも美幸は知っていた。美幸はニコルにとって初めてできた友達。


「早苗と……喧嘩……しちゃった……」


 今までも、大喧嘩したことは何度もあった。好みのアーティスト、本の趣味、単純な考え方の差異。だが、これほど嫌な感じがする別れ方をしたことはなかった。早苗は直情的で沸点こそ低いが、冷静になれば周りを見渡せる少女だ。喧嘩した時、いつも先に謝ってくるのは早苗だった。でも、今度ばかりは――――


「これから……どうしようかな」


 学校に戻る気はない。かといって家に帰る気もしなかった。美幸にとって、人生初のサボり。美幸は、自分がどんどん嫌な自分になっていくような気がした。

 結局、美幸はこの一日、当てもなく街を彷徨った。酷く陰気な雰囲気を漂わせていたせいか、いつもしつこいナンパは誰一人として声をかけてくることはなかった。

 美幸はこの日から、三日学校を休んだ。

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