醜いアヒルの子 学園編 Ⅳ
ニコルが美幸と友達になって、もうすぐ一週間が経とうとしていた。二人は毎日のように放課後に屋上で会っていた。無論、会っていたといっても、逢引のような色っぽい感じではない。ジョージの事や他愛のない話。そんな極めて健全な二人であった。
「来月にジョージの誕生日があるんだ」
「えっ、ジョージくんのですか!?」
その話題に美幸は目の色を変えた。恋する相手の誕生日など、乙女にとっては超ビックイベントなのである。
「6月13日がそう」
「6月13日……」
美幸は噛みしめるように、脳裏に刻みつけるようにその日を呟く。そして、意を決したように言った。
「あの!!」
「は、はいっ!?」
あまりの迫力にニコルは仰け反る。
「そ、そそそ、その日に私を招待してもらえないですか!?」
真っ赤な顔で、緊張で身体を震わせながらも、美幸は言い切る。ニコルはそんな美幸を見て、ジョージの事を本気で好きなんだという想いがこっちにまで伝わってくるような気さえした。
「知ってたけど、本当にジョージの事好きなんだね」
ニコルがしみじみと言うと、
「あ、当たり前ですっ……本気じゃなかったら……誰かに……それもお兄さんに相談なんて恥ずかしい事できませんっ!」
美幸はさらに顔を沸騰させた。このまま茹で上がってしまうのではと心配になるほどだ。
「でも、そっか……。確かに相手の身内に相談なんてしにくいよねー」
ましてニコルはこの外見だ。面識のない女の子が話を持ち掛けるのに、どれほどの勇気が必要だったか、想像だにできない。
「やっぱり生徒会長ってだけあって渡良瀬さんすごいんだね」
「いえ、そんな……」
謙遜し、恥ずかしがりながらも、美幸はその時の事を話してくれた。
「私……アレのせいで男の子が少しだけ恐くなっちゃったんですけど……ニコルくんは大丈夫だって確信があったんです」
「そう……なの?」
ニコルからしてみれば、そんな信頼を寄せられ、確信に至るような出来事は記憶はなかった。不思議そうに首を捻る。
「はい。ジョージくんがニコルくんの教室で、ニコルくんの事を庇ったって聞きました……」
「あ、ああっ!」
もう一月も前の事だった。ニコルは自分にとって情けない出来事でしかなかったが、美幸には違ったらしい。
「ニコルくんが庇う人が悪い人な訳ないっ! ジョージくんのお兄さんが悪い人な訳ないっ! て……そう思ったんです……」
「…………」
ニコルは少し唖然とした。それは信頼を超えて信仰にも等しい想いだった。美幸にとってジョージとは、どこまでもヒーローで王子様で英雄な完璧な存在になってしまっているのかもしれない。恐らく、その対象がジョージ以外だった場合、高い確率でそう遠くない将来に美幸は相手に幻滅していたかもしれない。だが、幸か不幸かジョージは美幸の理想に一歩も劣らない男である。ニコルは改めて、ジョージに心中で感謝した。何故なら、ニコルが美幸と友達になれたのは、すべてジョージのおかげといっても過言ではないからだ。だが――――
「でも、ごめん。6月13日は家族で大事な用事があるんだ……」
「……そうなんですか」
落ち込む美幸にニコルは罪悪感を覚える。だが、その日は今までのジョージの誕生日の中でも特に特別な日であり、どうしても空けられないのだ。
「その代わりと言ってはなんだけど――――」
「えっ?」
だからこそ、ニコルはその日にすべての運命を託すことにした。
「前日の12日に家でパーティーしない?」
「い、いいい、いいんですか!!?」
さっきまで落ち込んでいたはずの美幸の腰が浮きあがっていた。動揺で噛んだせいで、何を言っているのか分からない程だ。ニコルはそんな美幸の姿を純粋に可愛いと思った。だが、どうやっても異性を感じる事ができない。 何年経とうとも、ニコルはニコルのままだ。その事を嬉しく思いながら、虚しくも思ってしまう。
「是非来てよ!皆歓迎するよ!」
「ううぅーー……今から緊張しますっ……」
「あははっ、今から緊張してたら当日まで持たないよ」
美幸は実に表情が多彩だった。誰に対してもそうなのか、友達の前だからそうなのか、後者であってくれればいいなとニコルは思った。
「ジョージの事で僕にできることがあったら言って。何でもするからっ!」
「…………」
だが、ニコルがそう言った時の美幸の表情は何か疑問があるのか、決して晴れやかなものではなかった。
「ずっと気になってたんです……」
「ん?何かな?」
美幸は言いづらそうにしていた。ニコルは無理に聞き出さず、我慢強く待つ。
「何で私のためにここまでしてくれるのかな?……て」
美幸は言い切って申し訳なさそうに俯いた。美幸は若干ではあるが、潔癖な所がるように思えた。その性格が、そのままジョージの理想像に直結している。きっと、美幸にとって自分へ良くしてくれるニコルに対して、疑問をもつことすら禁忌に近い事なのだろう。
「……僕はずっと友達が欲しかったんだ。だから、このチャンスを逃したくないっていうのが大きいかな? あとは……」
「…………」
「渡良瀬さんとジョージの事を本気で応援してるんだ。お似合いだと思うから……」
「ニコルくん……」
――――それが誰もが幸せになれる選択だと思うから。
「だから……頑張ろうよ。まぁ、僕には応援くらいしかできないんだけど……」
「そんな事ないです」
美幸は首を横に振る。決意を込めて。
「私……6月12日にジョージくんにちゃんとお礼して……告白します!」
「い、いきなり!?」
それはいくらなんでも焦りすぎじゃないだろうか、そんなニコルの思いは覚悟を決めた乙女には届かない。
「私は基本的に弱い人間なんです……。何かの後押しがないと実行に移せない……。だから一気にいかないと私はすぐに現状で満足しちゃうんです。でも私……弱い上に我儘だから、友達じゃ我慢できないです」
「そっか……」
なら、その背を押す役目は自分がやるしかないと、ニコルも覚悟を決めた。
「でも! もし振られても諦めません!! 一度言った勢いで何度だって挑戦します!!」
そう言う美幸の眼は熱く燃えていて、ニコルが少し恐がっていたのは、また別の話。
そうしてニコルと美幸は少しづつ『友達』になって行った。