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醜いアヒルの子 学園編Ⅲ

「あれ?」


 編入から一月程経ったゴールデンウイーク明け。ニコルが相も変わらず重い気分で登校してみると、自分の机の上に手紙が置いてあるのに気付いた。 それは可愛らしい水玉模様のあしらわれた便箋であり、どう見ても女子から送られたものだった。


「…………」


 ニコルがさりげなく周囲を見回す。陰口こそ減ったが、未だ積極的に話しかけられたり話しかけたりする友人は一人もいない。今も、チラチラと見られてはいるが、どちらかといえば無関心に近い。


「…………はぁ」


 溜息を吐いて席に座る。手紙を手に取ると、机の下で隠すように封を開けた。


『こんな手紙を急にごめんなさい。よければ放課後、屋上に来てくれませんか?』


「…………」


 手紙には相手の名前も書かれておらず、簡潔に用件だけが述べられていた。手紙、放課後、屋上。これだけ条件が揃えば、考えられる用事は極めて絞られるが、生憎とニコルはそこまで御目出度い思考回路を持ち合わせてはいない。ニコルは誰よりも自分というものを知っており、即座に『告白』という結論を除外した。


「う~ん……」


 実はニコルは昔に一度、似たような経験をしたことがあった。あの時はついに自分にも友達ができるかと期待したものだが、結果はジョージに近づくために利用されただけであった。それも、ジョージに近づくよりも先に、たった二日目で相手がニコルの側にいるのに耐えきれなくなって逃げ出した……という悲劇。


「どう……しよかな……」


 手紙を見つめて、ニコルは考える。真剣に考える。結論はすぐに出た。


「行こうっ」


 自分がどうしてここにいるのか。それは友達を作るため。ならば、このまま待っているだけでいいはずがなかった。相手の思惑は分からないが、この手紙をチャンスだと捉え、ニコルは屋上に行く決心を固めた。












 時は進んで放課後。

 屋上から見える夕日はとても綺麗だった……そんな感想を抱いて一時間。手紙を送ってきた主は現れない。確かに正確な時間は書かれてはいなかったが、さすがに遅い。周囲も暗くなっているし、もしかして担がれているのでは?とニコルは不安を抱く。


 ――――その時だった。


 ギィィィと錆びた鉄の音と共に屋上のドアが開かれる。驚いたニコルはビクッと体を硬直させながら、おずおずと振り返った。


「あっ」


 風に靡く髪を抑えながら、少女は鈴のなるような声を上げた。艶やかな黒髪に、優しそうな柔らかい印象を与える容貌。眼はパッチリと黒曜石のように透き通っていた。全体的に小柄で華奢ではあるが、出る所はしっかり出ており、少しだけ厚めの唇が色気を感じさせた。


「あの……遅れてごめんなさいっ!」


 少女が頭を下げる。


「え、えっと……私、渡良瀬美幸って言います」


 おたおたと顔を真っ赤にして自己紹介する少女。ニコルと目を合わせても、嫌な顔一つしない。その反応にニコルは内心で感激していた。また、この少女に対して、どこか見覚えのある気がした。


「あ、あの……やっぱり怒って……ますよね?」


「あっ」


 何も言わないニコルの反応を誤解したのか、少女――――美幸は恐縮しきっていた。ニコルは慌てて弁明する。


「ご、ごめんなさいっ!ちょっとビックリしちゃって……怒ってないから、気にしないで?」


「は、はい!」


 初対面なので当然の事ではあるが、美幸は緊張していた。対してニコルはあまりに美幸がガチガチになっているので、逆に冷静になれていた。


「え、えっと……それで」


「う、うん」


 それでも、まるで小動物のような美幸は見ていて微笑ましい。ニコルは出会って数分で完全に警戒を解いていた。そして、そんな自分自身が信じられなかった。


「私……お願いがあって……」


「お願い?」


「はい……」


 若干の躊躇。それでも、ずっと覚悟を決めていたらしい美幸はついにその言葉を口にした。


「私、ジョージ・ウィルソンくんの事が好きなんです!だから協力してください!!」


 ガバッとひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げる美幸。ニコルは『やっぱりか』という思いを抱きながらも、何故か嫌な気はしなかった。














「ゴールデンウィークの初日の事です」


 顔を上げて貰い、ニコルが話を促すと美幸はポツポツと語り始めた。


「私、ナンパされてて、断ったんだけど本当にしつこくて……」


 本当に恐い思いをしたのだろう。美幸の表情は暗く、両肩が少し震えていた。


「そのうち私が走って逃げようとすると、今度はナンパしてきた男の人達の友達を名乗る人が現れて、捕まえられてその人たちの車に連れ込まれそうになったんです……」


「…………」


 男達の目的は明白であった。もしかすると、男達が二手に別れていたのも、人気のない所に美幸を誘導するための罠だったのかもしれない。そして、ここからの展開はニコルにも容易に想像がついた。


「その時に助けてくれたのが――――」


 その王子様こそが――――


「ジョージ・ウィルソンくんだったんですっ!!」


 ジョージだった。美幸はさっきまで怯えていたはずの瞳を今度は感激に輝かせていた。


「本当にすごかったんです!相手は6人もいたのに、皆やっつけちゃいましたっ!」


「ああ……だろうねー」


 ニコルには見えた。中性的な容姿の美少年相手に油断しきっていただろう、哀れな加害者達の姿が鮮明に。むしろ、ジョージがやり過ぎなかったか心配にすらなった。なにせジョージは自分からシェリーにせがんで、超実践的な格闘術を習っていたぐらいなのだ。


「私……あれからジョージくんの事が頭から離れなくて……。最初は改めてお礼をと思ってたんですけど、いろいろ想像している内に気持ちが抑えきれなくなっちゃって……」


 出会って一週間程度。よく知らない相手だからこそ空想の中で相手がどんどん理想化されていって想いも肥大化したという訳だ。


「えっとニコルくん……でいいんですよね?」


「う、うん、そう。なんかごめんね? ニコル・ウィルソン。ジョージの兄です」


 今さらながら挨拶する。美幸がニコルにはそれほど興味がないのは悲しい事だが、それはとりあえず置いておくことにする。


「渡良瀬さんの事情は分かったよ。ジョージの事も本気みたいだし、僕でよければ協力する」


「本当ですかぁーっ!?」


 パァーと美幸の表情が輝く。こっちまで嬉しくなる、そんな笑顔だった。


「うん。ところで……さ?」


「なんですか?」


 一段落したところでニコルは気になっていたことを聞いてみることにする。


「僕の勘違いかも知れないんだけど……前にどっかで会ったことないかな?」


「前に……ですか?」


 うーんと美幸は人差し指を唇に当てるような可愛らしい仕草を見せながら考え込む。そして、何かに思い至ったのか「ああっ」と声を上げた。


「私、生徒会長を務めさせてもらってるんです!たぶん入学式の挨拶の時じゃないですか?」


「ああっ、そういえば!」


 そう言われてみれば、入学式で美幸の顔を見たような記憶がニコルにはあった。それにしても、生徒会長とは、ニコルは感心した視線で美幸をまじまじと見た。


「もうっ!そんなに見られると恥ずかしいですよ!」


「ご、ごめんっ!」


 ニコルは慌てて視線を逸らす。美幸があまりに自然な態度で接するので、ニコルは完全に油断していた。ニコル自身でさえなるべく見たくない顔の男に見つめられて、いい気になるはずがない。


「ほんと、ごめん……」


 ニコルは顔を背けながら、内心落ち込んだ。ジョージ以外でこんなに学校内で会話をしたのは初めての事だった。その事が思った以上に嬉しく、ニコルは調子に乗ってしまったのだ。


「あ、あの……?そんなに気にしないでください?」


「っ!?」

 

 優しく肩を叩かれ、ニコルは飛び上がらんばかりに驚いた。なにせ他の人は男女問わず、ニコルを汚物かとばかりに接触を過度に避けられているのだ。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 今度はその驚きを拒絶と受け取った美幸が謝る。


「あ、うあ……あ」


「…………」


 気まずい沈黙が訪れる。こんな時にどんか言葉をかければいいか、ニコルには分からない。意味のない単語が苦し紛れに口から漏れる。だが、ここで逃げていれば今までと何ら変わらない。変化を求めるならば、まず自分から変わらねばならない。『変わりたい』ニコルが願い続けたその想いがニコルの口を動かした。


「ぼ、ぼ、僕と友達になってくださいっ!!」


「…………へ?」


 何を言っているのかニコルにも完全には把握できていない。美幸はポカンとニコルの顔を見ていた。


「…………あっ」


「ふ、ふふふ、あはははははは」


 我に返ったニコルの顔が真っ赤になるのと美幸の口から大笑いが漏れるのは同時だった。


「こんなに笑ったの久しぶりっ……です」


「ひ、酷い……」


 お腹を抱えて尚も笑う美幸。一世一代の告白をしたつもりのニコルは憮然とした。


「ご、ごめんなさいっ……あはは、ごめんっ、なさっ……」


「……もう」


 ようやく笑い終えた美幸の目尻には涙が溜まっていた。思いっきり笑って、とことなくスッキリとした表情を浮かべている。


「笑ってごめんなさい。でも、そんな事言われた事なかったから」


「そ、そうなの?」


 そういうものなのだろうか。美幸程の美少女なら毎日言われてもおかしくないようにニコルには感じられた。


「わざわざそういう風に言う人はあまりいないし……何より私、友達少ないんです」


「う、嘘っ」


「本当です」


 ニッコリ笑ってそう宣言する美幸の姿は、どう見ても友達が少ないようには見えない。親しみやすい雰囲気の美少女。そんな子ですら友達がいないとなれば、そう考えてニコルは若干本気で絶望しかけた。


「だから――――大歓迎です。友達」


「ええっ!」


 絶望しかけて、すぐに復活する。


「いいの!?」


「もちろんです。ジョージくんのお兄さんなら大歓迎ですよ」


「あ……うん。ありがと」


 ニコルは少しだけ冷静になった。美幸が友達になってくれたのは、あくまでもジョージの兄だからだ。といっても、それが不満な訳ではない。ニコルと美幸の間には何も積み重ねられていない、そんな当たり前の事を思い出したからだ。友人という言葉に踊らされて、今後ろくにコミュニケーションをとらなければ、何の意味もない。友人を作るという目的は何も果たされてはいない。むしろ、ここからが始まりなのだ。


「ジョージの事ならなんでも聞いてくれていいよ」


「わーっ!嬉しいですっ!!」


 とりあえず今は共通の話題を通じて、少しづつお互いの事を知っていくしかない。

 ニコルの友人第一号への長い旅路が始まったのだった


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