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醜いアヒルの子 Ⅱ

 それはジョージの高校受験を目前に控えた日の事であった。

 ふらりとジョージはニコルの部屋を訪れ、不思議そうに言った。


「ねぇ? ニコチーは高校行かないの?」


「え……?」


 唐突な質問。だが、考えてみれば当然の疑問でもあった。まだジョージにはニコルの複雑な境遇について詳しく聞かされていない。表向き17歳ということになっているニコルが学校に通っていないという事実はジョージからすれば不思議に思うだろう。

 そう遠くない将来、事情を説明できる年齢になるまではぐらかせばいいのだとエミルは理解しているが純真な瞳に見詰められ、言葉が詰まる。


「えーと……あ、そう! 僕通信制の高校に通ってるんだ!」

 

「そう……なの? 初めて聞いたけど?」


「べ、別に内緒にしてた訳じゃないんだけどね!」


 焦ってニコルのテンションがおかしくなっていた。


「でも――――」


 ジョージがニコルの部屋を見渡す。その外見からは想像できないほどに整理整頓された部屋。悪く言えば、何もないともいう部屋。


「通信って普通パソコンとかでやるんじゃないの?」


「あ、うん。そうそう!」


 ニコルはとりあえず乗っかっておく。他に上手い言い訳は思いつかなかった。


「ニコチーはパソコン持ってないのに?」


「…………あ」


 呆けたような声がニコルの口から洩れる。


「そ、そうだっけ?」


「そうだよー。ニコチーがパソコンとか苦手って自分で言ってたじゃんか」


 ちなみに、この家にあるパソコンは書斎にあるジェイクのものと、シェリーのノートパソコンの2台。前者は外交官であるジェイクが仕事で使用しているため、機密保持などの問題から部屋に入ることすら厳重に禁じられている。後者は以前ジョージが貸してくれと頼んだことがあったが、シェリーにしては珍しく、頑なに拒まれていた。


「なんかニコチー隠し事してる……?」


 ムッとした表情でジョージはニコルを見る。不機嫌さを隠そうともしていない。


「家族で隠し事はダメなんだよ?」


 ジョージは昔から隠し事を極端に嫌う。その理由をニコルはよく知っている。そのため、ニコルはそう言われては強くは言い返せなかった。


「…………ごめん。でも今は言えないんだ。ジョージが16歳になったら全部話すから」


「父さんにもシェリーにもそう言われた」


 それでもジョージは納得できないようであった。あの二人の事だ。特に何も言い返せずに、あれよあれよと一蹴されたのだろう。ニコルにはその光景が容易に思い浮かぶ。


「…………やっぱり僕納得できないよ」


「…………」


 心から心配する視線を真っ向から向けれら、ニコルは目を逸らす。ニコルには表裏のないその視線を見ていられなかったのだ。


「ニコチーずっと家の中に籠ってるし……。そりゃあ僕だってニコチーの辛い気持ちは昔と違ってよく分かるけどさ……」


 まだ小さい時のジョージに、ニコルは度々外出をせがまれたものだ。何も知らないジョージの無垢なお願いにニコルも少し救われた面もあったが、周囲の反応は今とほとんど変わらないものだった。ジョージが年齢を重ねるごとに、ジョージも周囲の反応に気づき、ニコルを無理には外に連れ出さなくなっていった。だが、ジョージがずっと自分を気にかけてくれていた事を知ったニコルは、胸が暖かくなった。


「ありがとう……ジョージ……」


 でも、やっぱりニコルは外が恐かった。今まで何もしなかった訳ではない。この家以外に自分を受け入れてくれる人達がどこかにいないかと、これまで何度も挑戦しては挫折してきたのだ。その結果が今のニコル。そんな場所はただの一つも見当たらなかった。


「僕……ニコチーと一緒に学校行きたいな……」


「――――っ」


 ニコルはそんな必要はないんだ、そんな事しても意味はないんだ!そう言いたかったが、声がでない。


「ニコチーだって本当は行きたいんだよね?」


「…………」


 何故何も言えないのか、ニコルは自分の心に問いかける。答えはすぐに出た。行きたいからだと。誰かと触れ合いたいからだと、考える間もなく、答えは出た。辛いと知りながらも、何度も社会に出ようと挑戦してきたのは、諦められなかったからだ。大事な大事な家族はいる。だから、それで満足しろと言うのか?一人くらい友達を望むのは分不相応なのかと、ニコルは求めた。ただ一人でもいい、友達という存在を。しかし、無残にもその願いは叶うことはなかった。


「僕もニコチーに友達できるように協力するからさ!」


「ジョージが協力……」


 その言葉にニコルの心が僅かに動かされる。ジョージは常に大勢の友人に囲まれている人気者だ。恐らくは、高校に入学しても、すぐにたくさんの友達を作るだろう。


「でも……学年違うし……」


 学力は問題ないので、編入試験を受けるとすれば3学年に編入という事になるだろう。さすがに、いくらジョージといえども、3年生相手にするのは難しいだろうし、ニコルの気も引ける。かといって、ジョージの友達を紹介してもらうのはもっとダメだ。


「休み時間とかは会いに行くし、僕もできた友達紹介するよ!」


「それはダメ!」


「えっ?」


 思わず大きい声が出て、ニコルは軽く謝る。だが、ニコルとしては、それだけは受け入れるわけにはいかなかった。ニコルの友達を紹介してもらった場合の未来は簡単に想像できた。ニコルの友達が僕を紹介されてもたぶん受け入れてはくれないだろう。それどころか、ジョージのその後の学園生活に影響を及ぼす可能性すらあった。その結果、ジョージまでも嫌われるかもしれない。それだけは避けたい。


 ――――ナデナデ。


「え?」


 手で頭を撫でられる優しい感触に、俯いていた二コルは顔を上げる。


「ニコチーが考えてること、なんとなく分かるよ」


「そう……なの?」


「うん。僕の事心配してるでしょ?」


「…………ぅ」


 図星をつかれて言葉に詰まる。


「僕ももう高校生になるんだよ?分かるよ、それくらい。何より家族の事だもん。それにね――――」


 ジョージが一瞬黙る。言おうか言うまいか逡巡してるのが分かった。だが、覚悟を決めたように一歩ずいっとニコルとの距離を詰めると、真剣な表情で言った。


「実は……ニコチーの事で友達がいなくなったのは、これまで何度かあるんだ」


「……そ、んな」


 ニコルは絶望的な気分になってうな垂れる。こうして引きこもっていても大事な家族に迷惑をかける自分自身に嫌気がさす。そんなニコルの様子を見たジョージが慌ててフォローする。


「勘違いしないで!僕はニコチーのこと大好きだよ!僕が言いたいのはさ。僕にとっては家族が一番大切なんだ。シェリーも入れた4人がさ。僕には友達もたくさんいるけど、それよりもね」


 ニコルは顔を上げる。ニコルの顔は今までに見たことがないくらいに大人びたものに見えた。


「だから僕はニコチーが周りから本当のことじゃないことを言われてるのが嫌なんだ。ニコチーの事でダメになる友達なんて、そんなの初めから友達なんかじゃないよ。ニコチーの事をよく知ってれば、噂になってるような事なんて、絶対に言えるはずないんだ!ニコチーが今までも頑張ってきてるのは知ってる。でも、もう一度だけ頑張ってみようよ?僕も絶対力になるから!」


「ジョージ……」


 ジョージの純粋な視線がニコルを打ち抜く。ジョージの嘘偽りのない力強い言葉を聞いて、ニコルが何も感じなかったかと言えば嘘になる。だが、ニコルは心が折れる程の挫折を経験して、引きこもっていたのだ。今度の失敗は致命打。死者に鞭打つ事態になりかねない。そして、それをすべて分かった上でジョージはこの話をニコルにもってきたのだ。


「急にこんな事言ってごめんなさい。もしかしたら僕の事嫌いになった?」


「そんな訳……っ」


 あるはずがない。ニコルは涙が出そうになった。自分の泣き顔の酷さったらないので、これまでもう何年も泣かないようにしてきた。その防波堤が決壊寸前だ。もちろん嬉しさで。


「あり…がどぉ」


 泣き顔を見られないようにニコルは顔を逸らす。生きてきて良かった。ニコルは素直にそう思えた。誰かに想ってもらえる喜びを今日改めて感じた。そして、この感情を今度は自分が誰かに与えることができたらどんなに幸せな事だろう。この気持ちを返したい。そう思ったとき、ニコルの覚悟はもう決まっていた。


「……………………行く」


 一言。たが、その一言ですべては伝わる。家族だから、余計な言葉は必要ではなかった。


「ありがとう、ニコチー」


 瞳を輝かせて喜ぶジョージ。ニコルはその顔を見て、絶対にジョージに後悔はさせないと心の中で固く誓うのだった。













 この後すぐに二人でジョイクにお願いしに行った。もちろん、ニコルの入学についての事だ。ジェイクは最初こそ驚いたものの、二人の少し大人になった表情を見ると優しく微笑み、言った。


「細事はすべて任せなさい」


 何よりも心強い言葉だった。

 その数日後にはニコルの元に編入についての案内が送られてきたのだった。

感想は一言でも是非是非お待ちしておりますので、よろしくお願いします!

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!!

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