醜いアヒルの子 誕生日編 Ⅲ
「お待たせいたしました」
美幸、ニコル、ジョージ、ジェイクの四人でトランプに興じているところに、シェリーの声がかけられる。四人は一斉に振り返った。トランプをしてたはいいが、実のところキッチンから漂う食欲をくすぐる香りに集中できないでいたのだ。
「わぁっ!」
もちろん、美幸も例外ではない。ホテルさながらのサービスワゴンに載せられた料理達は、見た目も鮮やかで美しい。どうやらコース料理らしく、まず運ばれてきたのはオードブルのようだ。本格的なフレンチを食べたことのない美幸は密かに緊張する。最低限のマナーは知っているが、実践するのは初めてなのだ。美幸家もどちらかといえば裕福な方に入るが、改めて格差というものを実感する。
「美幸さん、どうぞ?」
「え?」
美幸がはっとすると、ジョージが椅子を引いてくれていた。慌てて美幸が座ろうとすると、ジョージは慣れた手つきで美幸の動きに合わせて椅子を押す。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして、お嬢様」
「――――――――っ!!!」
美幸は本気で昇天しそうになった。美幸が恍惚の表情で振り返ると、ジョージはペロッと舌を出して微笑んでいた。
(うわあぁ……私……もうダメかも……)
ついさっき我慢しようと思っていた気持ちが急速に燃え上がる。今この場で想いを伝えてしまいたい、そんな衝動に駆られる。だが、美幸はジョージ以外にも人目があることを思い出し、なんとか衝動を抑え込む。だが、真っ赤になってしまった顔までは隠せない。ニコル以外にも勘のいい人なら気づくかもしれない。そう思うと、また恥ずかしくなる。
結局、その後の食事の味を美幸は覚えていない。スープ、メイン、デザートと、どれもテレビでしか見たことのないような素晴らしい料理だったが、美幸は恥ずかしさと、それ以上にジョージの台詞が脳裏で何度もリフレインし、集中することができなかった。
(シェリーさん、ごめんなさい)
食事に後は誕生日会におけるメインイベント。ジョージへのプレゼントだ。美幸は渡すものが被らないように、事前にニコルとの連携はバッチリ。なにより、選んだプレゼントに自信があった。食事の最中に動揺してあまり会話ができなかったので、ここで挽回しなければと、美幸は気合が入っていた。
「わぁー、楽しみだなー」
輪の中心で本当に嬉しそうに微笑むジョージ。その笑顔を独占したいと美幸が望むのは罪だろうか。今日まで美幸にとってジョージとは、想像上の産物とそれ程差はなかった。会話を交わしたのは2,3言。あとはニコルからの補足はあっても、大部分が美幸による妄想と言っても過言ではない。美幸にしても想像との食い違いがあることは大いに覚悟していた。それにもかかわらず、今目の前にいるジョージは美幸の想像を裏切るどころか超える程の存在であった。美幸がさらにジョージにのめり込むは当然といえよう。
「じゃあ、これは私から」
最初は父親のジェイクから。包装の中身は毎度お馴染みらしいゲームソフトだった。
「あ! これこないだCMでやってたやつ! ありがとう、父さん!」
「去年は受験勉強であまりゲームができなかっただろうしね。喜んでくれたなら嬉しい」
意外な事にジョージはテレビゲーム好きだという。それも、多人数でできるパーティーゲームよりも、RPGのような一人でできるものが好きらしい。
「ではジョージ様、これは私からです」
二番目はシェリーだった。
「ありがとう。んーなにかなー?」
大きさや形からして本のようだ。だが、そのタイトルが問題であった。
『初めての性交渉』
「――――――――っ」
美幸は思わず目を逸らした。その表紙にはデフォルメされてはいるものの、アレを匂わすような絵がドカンと大きく描かれていた。無論、美幸とてアレについて興味がない訳がないし、早苗ともその話題になった事は幾度とある。だが、自分が好意を寄せる相手がそういう本を見ている所を凝視できる程進んでいる訳でもないのだ。
「……………………あっ」
ジョージはその本を興味深げにじっと眺めていたが、例年とは違う美幸の存在を思い出し、慌てて本を隠した。
「まったく、シェリーは……。お客さんのいる前でなんてものプレゼントするの……」
ニコルの呆れたような声。シェリーは「すみません」と謝ったものの、その声は明らかに笑っていた。
「ふぅ……。じゃあ次は僕だね」
微妙な空気を打ち消そうと、ニコルが動いた。その手には今までよりも一回り大きいプレゼントがあった。
「ジョージ誕生日おめでとう。これ僕からね」
「ニコチーありがとう!」
ジョージが嬉しそうに包装を解いていく。だが、その手が進むごとにジョージの表情は驚きに染まっていた。
「これ……」
中から現れたのはデジタルカメラ。ニコルのジョージへの愛情が一杯に詰まったプレゼント。
「高かったんじゃない……これ?」
驚きから一転、申し訳なさそうな顔になるジョージ。ニコルはそんなジョージに優しく言った。
「確かに安くはなかったかな? でも、これは誕生日だけじゃなくて、学校に入学してからいっぱい助けて貰ったお礼でもあるから、受け取ってくれると嬉しいな」
「そんな、僕は何もっ―――――――ううん、ありがとう、大事にするよニコチー!」
ニコルの真摯な気持ちが伝わったのか、ジョージは満面の笑みを見せた。それこそがニコルにとって最高の『ありがとう』だと知っているのだ。
「わ、私の番ですね」
緊張しながら美幸は言った。
「美幸さんも?いいの?」
「はい、もちろんです。受け取って貰えないと困っちゃいます」
そう言いながら、美幸はジョージにプレゼントを差し出した。
「開けていい?」
上目づかいで問いかけるジョージに美幸は笑顔で頷いた。ジョージは今までよりも丁寧に包装をといていく。やはり家族とは違うという事で遠慮されているのだろう。美幸はそれを少し寂しく思い、また同じくらい嬉しく思った。
「あ、これ……」
出てきたのはガラス製のフォトフレーム。どんなインテリアにも合うようにと、美幸なりに考えて選んだものだった。ジョージがカメラとフォトフレームの間で視線を左右させる。美幸はニコルがカメラをプレゼントする事を知っていて、そのうえでフォトフレームをプレゼントする事を選んだというのがジョージにも伝わったのだろう。いうなれば、二つで一つのプレゼント。
「あ、ありがとっ……」
感極まる様にジョージは肩を震わせる。鼻を二度三度と鳴らした。
「ジョージ、写真撮ろうよ」
ニコルがジョージに提案する。
「いいじゃないか」
「素敵ですね」
すぐにジェイクとシェリーが賛成の声を上げた。
「本当に……ありがとう……みんな……」
シェリーによって綺麗に片づけられたリビング。さっきまで色とりどりの料理が並んでいたテーブルには、変わりに愛情のこもったプレゼントが並べられている。そのテーブルの向こう側に右からニコル、ジョージ、ジェイク、美幸が順に並ぶ。カメラを構えるのはシェリーだ。ジョージが撮りたいとごねていたが主役のジョージが映らないと締まらないので、我慢してもらった。さりげなく美幸はセンターで、ジョージの隣へとニコルの働きもあって陣取ることができた。
「家族で写真なんて嬉しいな……何年振りだろ……」
呟かれた言葉。それを隣にいた美幸だけが聞き取ることができた。
「久しぶり……なんですか?」
「……うん」
反応があると思っていなかったのか、ジョージはピクリと驚きつつ、頷いた。
「どうして?」
「ニコチーがね……嫌がるんだ……。直接言葉で嫌だって言われた訳じゃないんだけど、雰囲気で分かっちゃうんだ」
「…………」
美幸はニコルにプレゼントを何にすればいいかを相談していた。重たく思われず、形に残るもの。それが美幸の理想だった。その点、思い出を形の残す今回のプレゼントは美幸にとって満足のいくものとなっている。美幸は自惚れの強い方ではない。むしろ、自己評価を低く設定するタイプである。そんな美幸ですら思うのだ。ニコルがデジタルカメラをプレゼントに選んだのは、ジョージが欲しただけでなく、美幸がニコルのプレゼントに沿った物―――――――つまりフォトフレームを選びやすくするためではないのかと。それらは勝手な妄想である。ニコルは神様ではないのだから、そんな事できるはずもない。でも、美幸はそう思わずにはいられなかった。そんな風に考える美幸の思考が、掛けられた声に中断される。
「はいチーズ」
カシャッ!
美幸は、ニコルに甘えすぎなのかもしれない。対等な友人関係とは呼べないのかもしれない。でも、そんな思いをすべて心のうちに封じ込めて、
――――――――今だけは最高の笑顔で。
上げて上げて~♪




