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醜いアヒルの子 誕生日編 Ⅰ

 人々が行きかう大通りのデパート前。楽しげな笑みを浮かべる家族、恋人、友人たちは各々の休日を心から謳歌していた。


「お、おはよう……渡良瀬さん」


「う、うん、おはようニコルくん」


 美幸とニコルもその例に漏れない。二人はお互いを友人と認識している。待ちに待った休日にここにいても何の不思議もなかった。


「ま、待った?」


「ううん……今来た所……です」


 まるで恋人の様なお約束を交わしながら、二人は若干緊張した面持ちで視線を泳がす。特に美幸は相当緊張しているようで、手足が同時に出ることすらあった。もしかすると、異性と外出した経験がないのかもしれない。


「あはははっ」


 そんな美幸を見て、ニコルは微笑む。すると、美幸が頬を膨らまして、抗議の視線を向けた。


「もうっ……笑わないでくださいっ!」


 いかにも私、怒ってます!といった態度はいっそコミカルですらあり、ニコルの笑いをさらに誘った。


「ニコルく~ん!?」


「はっはは……ご、ごめっ……許してっ……渡良瀬さっ……あははははっ」


「知りません!」


 ようやく緊張が解けてくると、二人は改めて顔を見合わせ、また笑った。


「じゃあ行こうか?」


「そうですねっ」


 デパートの中へ二人は並んで入っていく。まるで数年来の親友のように。二人の間に違和感はなく、ただ誰かと一緒に歩いて笑える幸せを噛みしめていた。









「ありえねぇ……」


 デパート前。一人寂しく買い物する者。友人と語らう者。愛する人と愛し合う者。どこかの誰かが呟いた。その言葉は、そこにいたその他大勢の人間の内心を正しく代弁したものであった。


「…………」


 誰もが自分の目と現実を素直に受け入れることができない。また、半ば半分以上本気で現実を疑っていた。それほど先の光景は彼ら――――若しくは彼女らにとって衝撃的だった。

 美女と野獣どころではない。

 あれはそう、美女と怪物、化け物といった方が遥かに現実に即していた。

それと同時に――――誰かが呟く。


「もしかしたら……俺でも……」


 驚愕の中で、どこかの誰かに希望が芽生えていた。儚く、すぐにでも散ってしまいそうな小さな希望。


「あの子に……告白してみようかな……」


 いざという時に勇気を出せない人間は何も得られない。どこかの誰かは確かに、その勇気を受け取っていた……のかもしれない。










「ニコルくんはもう決めてるの?」


 デパートの中を歩きながら、美幸が問いかける。


「うん。一応は……ね」


 どこか曖昧な回答。美幸は不思議そうに問いを重ねる。


「そうなんですか……。ちなみに何なんですか?」


「……デジカメ」


「へぇ……。ジョージくんカメラ好きなんですか?」


「最近ハマッてるみたい。でも今持ってるのは父親のしかないから自分のが欲しいんだって」


「なるほど……」


 美幸が何やら考え込む。考える時に右手の人差し指を口元に持っていくのは癖なんだろうか。その仕草がニコルにはやけに色っぽく感じた。


「美幸さんは何か考えあるの?」


「それが……全然なんです。思い返してみれば私ジョージくんと会うのはこれが初めてですし……」


「あ、そっか」


 思い返す必要もなくそうなのだが、毎日のように二人の会話にはジョージが登場するのでまったくそんな感じはしない。


「焦る必要ないよ。ゆっくり考えよう。付き合うからさ」


「ですねっ!」


 美幸が可憐に笑う。光り輝く様な笑みだった。美幸は例の件から少しだけ明るくなった。ニコルは幸せそうな美幸の姿に我がことの様に嬉しく思った。


 ――――ジョージの誕生日まで一週間。二人は誕生日プレゼントを買いに来ていた。






 まず二人はデジタルカメラを見るために、デパート内に併設されている電気屋さんに来ていた。山下電機。日本の電子機器では大手の企業だ。美幸はニコルの隣でデジカメをジッと凝視していた。


「…………」


 ニコルの目当てのデジカメを前に、美幸は言葉が出ない。最低でも一万円程。ニコルが事前に調べていたものに至っては三万円もしていた。美幸にはとてもではないが手が出ない代物だった。


「う~ん」


 その三万円のカメラを前にニコルは唸る。


「店員さんに聞いてみたらどうでしょう?」


 美幸の提案にニコルは周囲を見回してみる。店員はどこにもいなかった。


「あれ……?」


 同じく店員を探していた美幸が声を上げる。


「……不思議ですね……電気屋さんっていったらしつこいくらい店員さんが進めてくるイメージなんですけど……」


 普通ならそうなのだろう。だが、ニコルの場合は別だ。ニコルには店員だろうと人は寄ってこず、むしろ避けられる。店員としては失格だろうが、人としてはどうか……それは議論が分かれるところだろう。とにかく、この電気屋にはニコルに自ら近づいてくるような奇特な人間はいないということ。


「呼んできましょう!」


 美幸は言う。


「い、いや……いいよ」


 対してニコルは怯んだ。ニコルはいざという時の度胸はあるが、本質的には決して積極的な太刀ではない。ゆえに押しに強い店員は苦手にしていた。相手がニコルに良い感情を抱いていないのならなおさらのことだ。だが――――


「ダ・メです! 私ニコルくんの事よ~く分かってきましたから。ニコルくんは大事な人へのプレゼント程納得したものを買えないと後悔する人ですっ!」


「…………ぁ」


 ニコルは驚いていた。美幸の言う通りだったからだ。ジョージへのプレゼントにニコルは納得していないものを渡せない。その愛情深さゆえに、ニコルは半端を許容できない。


「――――って、なんか生意気な事言っちゃいましたね……。ニコルくん怒ってますか?」


 一転して心配そうな表情を浮かべる美幸。


「ううん。そんな訳ないよ」


 ニコルが怒るはずがなかった。むしろ、ニコルの胸中には抑えきれない喜びが鎮座している。だって美幸の言葉は親友だからこその言葉なのだから。お互いを信頼していなければ本音は言えず、どこか上滑りした流されるままの会話しかできない。


「僕の事を考えてくれて嬉しいよ」


 あれはニコルの事を理解して、ニコルがどう思うかを想像しないと出てこない言葉だった。


「ありがとう渡良瀬さん……店員さん呼んでくるね」


「はいっ!」


 ――――だから、ニコルももっと美幸に近づきたいと思った。


「あ、そうだ」


「……?」


 店員を呼びに行こうと歩き出したニコルは数歩進んで立ち止まり振り返る。商品が現品のみということで、その場に留まった美幸は可愛らしく首を傾げた。


「こ、これからさ……その……」


 僅かにニコルは口籠る。その顔はどこか紅潮しているように見えた。ニコルは自分の表情が緩めば緩むほど醜くなるという事を理解している。そのせいで、素の表情を他人にほとんど見せたことがない。普段でさえ化け物と呼ばれるニコルの顔。きっと周囲には世にも悍ましい姿に映っただろう。その証拠にこちらに近づいていた親子がそそくさと離れていく。泣き出す娘を父親が宥めながら。


「どうしたの?ニコルくん?」


 そんな中でも、美幸は顔色一つ変えず、親愛の穏やかな表情をニコルに向けている。ニコルにとって、それ以上の幸せはなかった。素の表情を見せても美幸は自分を嫌わないと信頼している。


「――――美幸さんって呼んでもいいかな?」


「え?」


 ポカンと美幸が口を開く。そして、ニコルの言葉を飲み込み、当然のように頷いた。


「男の子に名前で呼ばれるのは初めてです」


「あ、ありがとうっ!」


「い、いえっ!感謝されることの事ではっ!?」


 どこまでも初々しく、幸福な時間。ニコルはその後、店員と美幸と三人で話し合い、三万円のデジカメを買う事に決めた。いい買い物ができたと、ニコルは満足そうに微笑んでいた。










「あーんっ!」


 悩ましい声――――ではなく、苦悶の声。

 美幸は悩んでいた。悩みの種はもちろんジョージへのプレゼントである。


「どれもよく見えて、どれもよく見えないっ!」


 意味不明な言葉だが、美幸にとってそれは間違いでもなんでもない。新しいものを見つける度に、どんどん興味が移っていってしまう。美幸の悪癖の一つであった。優柔不断。ファミレスのメニューを見て三十分悩んだ時はさすがに早苗に怒られた。


「こ、これなんてどうかな!?」


 テンパる美幸は十万円近くする時計を指さす。しかし、すぐに店員さんがそれを聞きつけたのを見て、ニコルが美幸の手を引き、足早に退散した。


「どうしよう……」


 美幸の声が沈む。


「まぁ、仕方ないよね」


 美幸が悩むのも無理からぬ事。美幸はジョージの誕生日に告白すると決めているのだから、そのためにプレゼントは重要な足掛かりとなるはずなのだ。美幸とジョージの接点が少ない分、それ以外でいかにジョージの興味を引くかが勝敗を分ける。


「ティーカップなんてどう? 家はよく紅茶飲むから」


「あ! それいいかも!? ちなみにニコルくん家のはどこのメーカーのカップ使ってるか分かる?」


「うーん……僕はあんまり詳しくないんだけど、シェリー――――僕の家のメイドが好きなんだ。……確かウエッジウッドの……そうだっ! チャールズチャールズ皇太子とダイアナ妃への御祝い品? と同じものだったはず!」


「…………」


思い出してニコルが言うと美幸はズゥーンと落ち込んでいた。


「えっと……どうしたの?」


「何でもないです……格差社会に絶望してるんです……そうだよね、それならデジカメくらい買えるよね……」


 それなりに裕福な家庭で生まれ育った美幸であっても、ニコルの家とは比べ物にならない。美幸の母がアンティーク好きの影響もあり、美幸もそれなりに知識はある。ニコルの言うティーカップは軽く二万円を超えるはずだ。それを特別な日ではなく、普段使いしているというのだから恐れ入る。美幸ならば割ったらどうしようという恐怖が捨てきれず、厳重に保管してお蔵入りになること必至である。


「ん…………あっ」


 二人であーでもない、こーでもないと話ながら歩いていると、アンティークショップの前でふいに美幸が足を止める。


「どうしたの?」


「…………」


 ニコルの問いかけにも答えず、一心不乱に何かを見つめる美幸。ニコルはそれを美幸の肩越しに覗き込んだ。店頭のディスプレイに飾られたソレは、恐らくはジョージの趣味とも合致しているものだ。何より、ニコルのプレゼントとの相性が抜群だった。


「それ……僕もいいと思うよ」


「本当?」


「うん」


「じゃあ――――」


 美幸はニコルを振り返り、満面の笑みで言った。


「これにしますっ!」

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