醜いアヒルの子 誕生日編 プロローグ
ちょいエロありです。
――――僕はよく、「皆の事が好きだよっ!」という言葉を口にする。それは様々な意味を持っていて、見方によっては僕がすごく傲慢なように見えるだろう。……いいや、それはたぶん間違っていない。僕は傲慢な人間だ。例えば、その言葉は女の子によく使われる。その子達はずっと昔からの女友達。自慢じゃないけれど、僕はよくもてる。他の周りの女の子からも、好意を感じる場面が度々ある。できれば知りたくなかった。だけど、知ってしまった以上は気を回さずにはいられない。僕は今の友人たちとの日常が大好きだからだ。「皆の事が好きだよっ!」以前は純粋だったその言葉が牽制に変わる瞬間だ。僕のその言葉を聞くと、女の子達が僕に告白する気勢を削がれる。それを分かっていて僕は口にするのだ。今の関係を壊さないように。だけど、それが先延ばしにすぎない事くらいは僕も分かっている。
「皆の事が好きだよっ!」
――――そして、それは大嘘であった。何故なら、僕にはずっと前から誰よりも好きな人がいるからだ。
ジョージが初めて彼女を見かけたのは、もう5年前にもなるだろうか。その日はジョージの誕生日6月13日。話は少し脱線するが、ジョージは物心ついたある日より、ずっと不思議に思っていたことがある。それは家族の中でジョージの誕生日祝いがだけが前日の12日に行われることだ。他の家族はシェリーも含め、当日に行われている。そして、13日に兄であるニコルの姿を見かけたことがなく、父であるジェイクもある部屋に引きこもったまま出てこないのだ。子供心にジョージはそれを寂しいと思っていたのだが、ちゃんと前日に忘れず祝ってくれるしそれほど深く意識した事はなかった。
あの日までは――――
その日、ジョージは11歳の誕生日を迎えた。目覚めると、枕元にはジョージがずっと欲しがっていたテレビゲーム一式。ソフトも、もちろんジョージの欲しかったものであった。当然、ジョージは喜んだ。それはもう大変に。なにせ、いつもプレゼントが渡されるはずの12日に何も貰えず、内心で意気消沈してジョージは眠りについていたのだ。そのサプライズの効力たるや、絶大であった。
「父さん――――!」
喜びの余り、ジョージは部屋から駆け出していた。一秒でも早く、ジョージは父に感謝の気持ちを伝えたかった。できることならば、一緒にゲームをしたかった。
「ジョージ様――――!?」
その誕生日の日に、いつも父のいる部屋を目指して息を切らせて走った。その途中に何故か焦ったような表情を浮かべたシェリーを振り切りジョージは走った。
「はぁ……はぁ……」
子供の脚で広い家とはいえ、走ればものの十数秒程で目的地には辿り着く。ジョージは目的の部屋を見つけ、表情を緩ませる。その部屋は、この家において物置として認知される部屋であった。だが、物置とはいっても、乱雑な訳ではない。ニコルの趣味に合わない家具、小物類を何故かジェイクが度々買い込んでくるものを、シェリーのセンスで飾っているのだ。今では見た目としては客室としても立派に使える程だが、ジェイクの指示でそこには基本立ち入り禁止になっていた。
「父さ――――」
ガチャリ。
「――――!?」
声を出しかけたタイミングで部屋のドアが開き、ジョージは驚きで廊下の角に隠れる。今となっても、この時に何故隠れたのかジョージには分かっていない。ただ、何か予感というか、胸騒ぎのようなものがしたのは確かだ。
ともかく、ジョージは隠れ、おずおずと伺うようにその視線の先を食い入るように見た。最初に頭に浮かんだ言葉は『天使様』だった。何故そう思ったかというと、当時ジョージがハマっていたゲームの登場人物である『天使』に似ていたのだが、それを差し引いても、そこにいた少女は天使のように美しかった。ジョージの頬が上気し、鼓動が信じられないくらいに早鐘を打つ。本物の恋というものを自覚するにはジョージはまだ少しだけ幼く、病気ではないかと思い、その場に膝をついた。
「あ……はっ……あぁ」
意味のない嗚咽にも似た声がジョージの口から零れる。それでも視線はその少女からは外せない。
「ちょっと待ってて」
父の声が聞こえて、ジョージはほんの僅か我に返った。その部屋に父がいるのは当然だった。元々、ジョージは父親に会いにここまでやってきたのだから。だというのに、ジェイクが声を出すまで、ジョージはその存在を気にも留めなかった。彼女は誰なのか、何故ここにいるのか、そんな事はその時のジョージにはどうでも良かった。当時のジョージが気にしていたのはただ一つ。
「父さん……ダメ……もっと離れて……」
譫言のようにジョージが呟く。少女が部屋のドアの隙間から顔を出し、部屋の外に出ようとしているジェイク。その構図が、ジョージについ最近見たドラマのワンシーンを思い浮かばせていた。そのドラマではこの後――――
「うん……待ってるね……」
少女とジェイクの視線が交錯する。当然の如く近づく二人の距離。逆にジョージはその光景に、とても言葉にできない不快感と溢れる嫌な汗を抑えられない。二人の距離が零になろうかという瞬間、ジョージはいてもたってもいられず、その場に割り込もうと立ち上がりかけた。
「――――!? んんっ!?」
だが、そうはできなかった。いつも間にか背後にいたシェリーに抑え込まれ、口を塞がれていた。
「申し訳ございませんジョージ様。ご容赦を」
「……………………」
ジョージは何も言えなかった。ただ、シェリーの口を塞ぐ手に雫が流れてきた。シェリーはもう一度「申し訳ございません」と謝ったが、ジョージはもう何とも思わなかった。少女とジェイクの唇は重なっていた。軽い口づけ。それがジョージに与えた衝撃は凄まじいものがあった。これまでの価値観を覆すほどのショックがあった。
「……………………」
ジョージはシェリーを振り切り無言で立ち上がると、その場を後にした。
ジョージは自室に戻り、ベッドに倒れこむ。何もする気が起きなかった。あんなに欲しかったゲームすら、どうでもよく感じた。ジョージは目を閉じる。目を閉じれば、さっき見てしまった少女と父の口づけが延々と脳裏で再生され続ける。ジョージはむしゃくちゃと鬱屈した嫌な気分になる。
「……う?」
俯せに寝ていたジョージは違和感を覚えて腰を浮かす。
「……これ?」
短パンの下腹部が盛り上がっていた。息苦しさを覚え、ジョージはパンツごと短パンを脱ぎ捨てた。
「……うわ……」
剥き出しにされたそこはパンパンに腫れ上がっていた。今までも何度かこうなることはあった。だが、それは大抵寝起きや尿意を催している時だけのはずだ。この時のジョージに尿意はなかった。代わりに少女と父の口づけ……それを想像すると、嫌な気分になるのと同時にそこが震えた。
「……んっ」
ためしに触れてみると、そこは焼けるように熱く、脳にビリッと電流が走る。
「……なにっ……これっ」
両手を使ってめちゃくちゃに擦る。それ程力は入れていないにも関わらず、腰が蕩けそうになる。脳裏ではキスシーンがリフレインし、背徳的な興奮を高めていた。
「ん……んんっ……」
腰が引き攣り、脚の指先がピーンと張る。
「何かっ……で、でちゃうっ!」
その今にも欲望が解放されるかという瞬間――――
コンコン。
部屋にノックの音が響き渡った。いけない事をしているという自覚があったのか、ジョージは慌てて短パンを手に持ち、晒された下腹部に布団を被せる。
「失礼します」
間一髪間に合った。
「ま、まだ返事してないよ?」
ジョージはできるだけ平静を装って言った。
「申し訳ありません。しかし、旦那様のご許可はいただいてますので」
当時シェリーはジョージの部屋への自由な出入りをジェイクに認められていた。この悪しき風習はこの後2年もの間続き、幾度となくジョージを慌てさせることになる。閑話休題――――
「それで……何?」
さっきの事もあり、ジョージはシェリーに冷たく当たる。
「先程の事です」
「っ!?」
ジョージは息を詰まらせる。一瞬で動悸が早くなり、掌が汗でぬれた。
「彼女はその……何と言いますか……ジェイク様の……恋人? ……のような方です」
「……恋人」
分かり切っていたことだが、ジョージはドンヨリと落ち込んだ。だが、いつもと違い妙に歯切れの悪いシェリーの様子が気になった。なにより――――
「母さんが死んでまだ2年しか経ってないのに……。それにあんな人初めて見た……」
「まぁ……旦那様にも事情がおりのようです……」
苦笑いのシェリー。どうも深い事情がありそうだった。ジョージは子供ながら冷静に考えてみる。もしかすると、いつか彼女を『お母さん』と呼ぶことになるかもしれない。
「…………いやだぁ…………」
想像するだけで嫌だった。胸を掻き毟りたくなるような不快感に襲われる。彼女が嫌なのではない。父のお嫁さんになった彼女が我慢ならないのだ。
「……血は争えないという訳ですか……」
ポツリとシェリーが呟く。だが、ジョージには聞こえなかったのか、相変わらずベッドの上で身もだえている。
「ご安心くださいジョージ様。恐らく旦那様は再婚する気はないそうです」
「そ、そうなの!!?」
「はい」
ジョージの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「じ、じゃあ……僕が大人になったら……」
薔薇色の想像が脳裏を埋め尽くす。大人しくなっていたアソコがまだ元気になりかけ、ジョージは慌てて布団を抑えた。
「ふふふ……そうですね、ジョージ様がもう少し大きくなられれば――――」
――――すべてを知る日がやって来るでしょう。
それは今のジョージは知らなくてもいい事。今の少女はまだ、ジェイクのもの。それがすべてだ。これはある意味では、一人の少女に翻弄される一族のお話なのだから。
「では私は失礼いたします。ジョージ様? 辛いのは分かりますが、くれぐれも6月13日は彼女とジェイク様の邪魔はしないようにお願いします」
「じゃ、邪魔だなんて……」
ジョージが口を尖らせる。ジョージは今すぐにでも二人の元に乗り込んでいきたいと思っているぐらいなのだ。二人っきり、そう想像して齎された感情や行為の意味は分からなくとも、いや分からないからこそシェリーの言葉はジョージにとって酷く苦痛であった。しかし、シェリーはだからこそだとジョージを諭す。
「ジョージ様にもいずれ分かる時が来ます。旦那様にはもう時間がないので焦っているんです」
「じ、時間がないって……っ!?」
不安そうな顔をするジョージをシェリーは優しく抱きしめる。母親を失ってジョージはあまり泣かなくなった。だが、だからといってジョージはまだ子供だ。ジョージは強く母性を求めている。あの少女をジョージが求めたのも、そういう感情に根をさすものなのかもれない。
「そういう意味ではないのでご安心ください。さぁ、今晩は私がご一緒に寝て差し上げますので、どうか旦那様を許してあげてください」
「…………うん」
不承不承ジョージは頷いた。シェリーは満足げに微笑むと、一礼し退室しようとする。しかし、その直前その微笑みを悪戯っ子にように変えて言った。
「ジョージ様……パンツはちゃんとお履きになった方がよいと思いますよ?」
「なっ!?」
ジョージが顔を真っ赤にするのと、部屋のドアが閉まるのは同時。ジョージが確認すると、隠せたのはズボンだけで、パンツは堂々と床に落ちたままになっていた。
「……なんか……恥ずかしいぃ……」
ジョージがその行為の意味を知るのはもう少し後の事だった。
ジョージはそれから毎年のように例の少女を陰からじっと見ていた。誕生日の夜になると、忍び足であの部屋の前に陣取り、微かに漏れる少女の声を聴いて自慰に耽った。父親に抱かれる好きな少女。ジョージは自慰をしながら泣いていた。
その様子を観察しながらシェリーは思った。やはり血は争えないと。
まるで――――いつかのジェイクのようだと。
第2章スタートです。
ここからが物語の核になります。
どんどんと話が動いていくので、お楽しみ頂けると幸いです。




