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醜いアヒルの子

よろしくお願いします。

 時は現代。


 閑静な高級住宅街に居を構える一家がいた。4人はリビングで和やかな雰囲気にて夕食に舌鼓をうっている。


 父は名はジェイク・ウィルソン。代々母国イギリスで外交官を務めてき家系の生まれであり、彼自身もイギリス人と日本人のハーフながらその後を継いで外交官として働いている。御年45歳にして、その衰えぬ金髪碧眼の整った容貌を武器に、ご近所のマダム達を骨抜きにしていると噂の現役ダンディーである。


 その息子であるジョージ・ウィルソンもその遺伝子をしっかりと継いでいるらしく、黒髪に茶色い瞳の美少年であった。甘い日本人離れした相貌に、黒髪と瞳がどこかミステリアスな雰囲気を与えており、少女のような中世的な雰囲気を醸し出していた。


 その脇に控えるのは、メイド服を纏った女性。どちらかといえば甘いマスクの前者2人とは違い、目鼻立ちのハッキリとした美人である。抜群のプロポーション。燃えるような赤髪に灰色の瞳。意思の強さを感じさせる瞳をそっと伏せ、主人の後ろに控えるその立ち姿は彼女のメイドとしての誇りと熟練度を物語っている。


 そして最後に残された一人。

 彼は一言で言ってしまえば場違いであった。とても彼らと何らかの繋がりがあるようには見えない。平々凡々――――それならばまだ救いがあったことだろう。事実、彼は頭は良かった。少なくとも模擬試験を受ければ、全国でも上位10人に入るだろうくらいには。また、性格もいい。見返りを求めずに人に優しくする。決して簡単ではないその行為を彼は生まれて以来ずっと実践している。


 だが――――だがしかし……だ。


 彼にはそれらすべてを打ち消してしまう欠点が一つだけあった。それは酷く理不尽であり、彼本人にはどうしようもないこと。


 ――――彼は醜いのだ。それはもう、どうしようもないくらいに。















 彼の名はニコル・ウィルソン。ウィルソン家には一応養子という形で身をおいている青年である。年齢はジョージの2つ上で17歳ぐらい。前述したように、頭も性格も非常にいい好青年。だが、その前には「顔さえまともなら……」と必ず注釈がついてしまう。初対面の人には必ずと言っていい程気味悪がられ、怯えられる。以前には顔を合わせただけで警察に通報されたこともあった。顔見知りですら、どこかよそよそしく、ジェイクとジョージには優しく接し、ふとニコルの姿を見ればソソクサとどこかへ行ってしまうのだ。


「はぁ……」


 ニコルは小さく溜息を吐く。


「どうしたんだ? 溜息なんて吐いて。何か困ったことでもあったのかい?」


 ジェイクが優しく問いかける。


「ううん……」


 困ったことなど数えきれない程にあるが、それを言ってジェイクに心配をかけるわけにもいかない。ただでさえ、ニコルはここに置いて貰っている身だ。そう思い、ニコルは笑みを作って首を横に振る。だが、そう上手くはいかない。横からメイドのシェリーが口を挟む。


「ニコル様は昨日、痴漢容疑をかけられかけました」


「…………え、また?」


 ジェイクが呆れたような声をあげる。


「ご、ごめん……」


「い、いや、ニコルは悪くないよ」


 それに対しニコルは小さくなり、ジェイクが慌ててフォローする。


「ニコチーがそんな事するはずない!」


 黙って話を聞いていたジョージが憤慨する。ちなみに、「ニコチー」というのはジョージがつけたニコルに対してのあだ名のようなものだ。正直な所、似合わないことこの上なく、今の所はジョージとシェリーがたまに呼ぶくらいである。


「しかし旦那様。マジな話そろそろやばいかも知れません」


「……シェリー。前から思ってたが突然口調が変わるのはなんなんだ?」


「……お恥ずかしながら、少しは若く見えると思いまして」


 意外とお茶目なシェリーだった。コホンと咳払いしてシェリーは続きを言う。


「ここ1年程で痴漢容疑も3回目になります。3回共私がお側にいたからなんとかなったものの、最近は顔を覚えられて私もジロジロ見られている気がいたしますし、何か対策を考えた方がよろしいかと」


「うーん。でも対策と言ってもねぇ……」


 ジェイクが顎に手を添えて考え出す。しかし、「うーん」と唸っているだけでどうも具体的な方策について思いつかないようだ。ニコルとしても、「もう電車に乗らない!」ぐらいしか思いつかない。ただそうなると、家には車はジェイクの仕事用に一台しかないので、遠出ができなくなることを意味する。自転車という手もあるが、それもおすすめできない理由があった。


「車……もう一台買っちゃおうか……」


 ジェイクがポツリと言う。


「え、そんな……悪いよ」


「別にお金はあるし、遠慮しなくていいんだよ?」


「め、免許も持ってないしっ」


「いい機会だしとっちゃえばいいよ」


 これで解決とばかりに笑顔を向けるジェイクにニコルは困惑する。この家に一緒に住んでいる以上、ニコルはジェイクがどの程度の資産を持っているか、大まかではあるが知っている。だが、それが自分のためとなると話は別である。


「父さん――――」


 推す父と推されるニコル。そんな二人にジョージは冷静に割って入る。


「ここ日本。免許は18歳から。17からとれるのはイギリスでしょ」


「あっ」


「…………」


 盛り上がっていたのが嘘のようにシーンと静まり返る。そんな当たり前の事実も忘れて本気で悩んでいたのが恥ずかしくなった。


「ま、まぁ、あと8ヵ月でニコルも一応18だ。それまでできるだけ電車移動は我慢してもらって、18の誕生日に私が車をプレゼントするよ」


「そ、そうだね。あ、ありがとう」


 ニコルの位置からチラッと見えたジェイクの頬は羞恥からか少しだけ赤くなっていたような気がした。そんなジェイクとニコルの様子を見て、ジョージは勝ち誇ったかのように笑い、シェリーは僅かに頬を緩ませていた。















 お風呂を済ませ、ニコルは自室のベットに横になっていた。簡素な部屋。悪く言えば質素な部屋。元々部屋が大きいだけに空虚さを際立たせていた。ジョイクが用意してくれなかった訳ではない。むしろ、その逆でなにかとお洒落な家具や小物なんかを買ってきてくれたりする。それをニコルが断っているのだ。悪いことをしているとニコルも思ってはいる。だが、どうしてもお洒落な家具や小物を部屋に置く気にはなれなかった。


「…………」


 べッドの枕元にある手鏡を手に取る。心を落ち着かせ、覚悟を決めて手鏡を覗き込む。


「――――っ!?」


 何年も何年も。毎日毎日。欠かさず見ているにも関わらず、まだ慣れない。自分で言うのもなんだが、初見の人が気味悪がってしまうのも無理ないんじゃないかとニコルにも思える。整っているとか、いないの問題じゃない。人には見えない。それこそ化け物のようである。化け物の中に人間らしさをほんの少し付け加えたような顔。醜いというよりは、悍ましい。寒気が走るような醜悪さ。「化け物」は悪口ではなく、むしろその存在を最も正しく形容しているんじゃないかとさえ思う。


 ただ――――


 ニコル自身、そう思っていたとしても、それで傷つかない訳ではない。確かに、初めに比べれば大分慣れた。だがそれは、傷つけられすぎて感覚が麻痺してきているのだ。一度外に出れば、ニコルにとってそこは悪意渦巻く地獄だ。昨日の痴漢騒ぎにしたってそうだ。ニコルはずっと家に籠っているのもどうかと思い、一週間に一度はシェリーと買い物など外出するようにしている。実は痴漢容疑をかけてきた3人組の少女たちとは初対面ではなかった。彼女たちの学校からの帰宅時間とたまたま何度かかち合って、顔を見たことがある。そのどの対面でも、少女たちはニコルの方を向いて、聞こえるように悪口を言っていたのだ。当然のように周りは誰も注意しない。一度だけシェリーさんが何事か言おうと踏み出したが、ニコルはそれを止めた。騒ぎにしたくなかったのだ。一度騒ぎになれば、たとえニコルが被害者であっても、いつの間にか加害者のような空気になってしまう。それをニコルは身に沁みて分かっていた。


 ただ、今回ばかりはそれが仇となってしまった。

 少女たちに完全に舐められてしまったのだ。少女たちは自分たちからニコルに近づいてくると、近くで見るその醜さに嫌悪を浮かべながらも、ニコルの身体に微かに触れた。触れたといっても、服と服が掠れた程度である。突然の行動にニコルもシェリーも反応できなかった。

 ニコルに触れた少女の一人は悲鳴を上げ本物の嫌悪を顔に浮かべながら、額から脂汗を流していた。その両脇では二人の少女がニコルを睨み付けながら真ん中の少女を慰める。誰が見ても故意の出来事。他の車両から悲鳴を聞きつけた他の客や運転士がゾロゾロと集まり、すぐに何かを察したようにニコルに敵意の籠った視線を向ける。ニコル達の事を初めから見ていた客は……誰もニコルを助けようとはしなかった。目を逸らすか、興味深そうな視線をただ向けるだけ。ニコルは一斉に敵意を向かられ、気分が悪くなった。どうしてこうなったのか、どうすればいいのいか、頭が真っ白で何も考えられない。


「大丈夫ですよ。ニコル様」


 そんなニコルを助けたのはシェリーだった。気分の悪くなったニコルの背中を優しく撫でさする。美しい女性と醜い化け物の対比に周囲がざわめく。シェリーはすぐ横にいたおじさんを鋭く睨み付けた。


「うっ……」


 日本人離れした美貌に睨み付けられ、おじさんの身体が硬直する。


「貴方、見ていましたね?」


「…………は、はい」


 シェリーからは、とても見てないとは言わせない。そういう雰囲気を全身から発していた。


「では、貴方にはどちらが悪いか分かっているはずです。皆様にご説明を」


「な、何で俺が――――」


「ご説明を。二度言わせないように。さもなくば、その頭に乗っかっているものを引っ張り落としますよ?」


「げぇ!?」


 おじさんとニコルだけに聞こえるくらいの声音で囁かれたその言葉に、おじさんは大きな動揺を示した。何故それをと言わんばかりに目を見開かせ、頭を抑える。


「……チッ」


 だが、シェリーが小さく舌打ちをすると瞬く間におじさんは立ち上がり、周囲に聞こえるように説明した。

 少女たちの方から近づいてきたこと、そもそも、ほとんど触れていないこと。何人かがそれに同調してくれ、それにしても――――とようやくその場の雰囲気は沈静化した。

 少女たちはというと、次の停車駅で何事もなかったかのように帰っていった。「つまんねー」「最悪!恥かいた!」「つかえねー女とおっさん。バイトの邪魔しやがって……」という言葉を悪意に満ちた視線つきで呟きあいながら……。


「やっぱり女の子って怖い……」


 過去のトラウマを思い出してしまいそうだ。それを思いっきり首を振って振り払い、べッドに潜り込む。

 ニコルは思う。シェリー以外誰も助けようともしてくれなかったと。味方がいないと心細い。辛くても一人は嫌だった。辛さを知っているからこそ、次もし誰かが自分と同じような状況に陥っていたら、味方になってあげようとニコルは思う。そして、家族として接してくれるジェイク、ジョージ、シェリーには感謝の念しかない。彼ら家族だけがニコルにとって唯一初対面から笑顔で自分を受け入れてくれたからだ。そういう人達がいるだけ自分は幸せなのかもしれない。


「ありがとう、皆」


 そう心から思い、ニコルはゆっくり目を閉じた

感想は一言でも是非是非お待ちしておりますので、よろしくお願いします!

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!!

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