197 風をあつめて/この変態性犯罪者! 十と九回死ね!
胸を男性に触られた事に対して、紫蝙蝠は焦って狼狽してはいたものの、その隙を見逃さなかった。
「この変態性犯罪者! 十と九回死ね!」
伴内を足蹴にしてから、紫蝙蝠は麓に向かって駆け出す。
「伴内っ!」
草原の上を転がる伴内の元に、伴内の身を案じた千風とハジキが駆け寄る。何とか体勢を立て直した伴内は、右手で蹴られた腹を擦りながら、左手で懐から山吹車を取り出して見せる。
「山吹車、取り返してたんだ!」
光り輝く山吹車を目にした千風は、驚きの声を上げる。
「流石は伴内、只では転ばない男だねぇ。でも、あたしの目当ては山吹車じゃなくって……」
伴内と山吹車の無事を確認したハジキは、即座に麓を駆け下りて行く紫蝙蝠に目線を移し、続ける。
「一億円の方だったりする訳よっ!」
ハジキは勢い良く麓に向かって、駆け出す。まさに疾風のような速さで、紫蝙蝠を追いかけ始める。
伴内は転倒した際、帯から落ちた風車を右手で拾い上げつつ、立ち上がる。伴内は右手に自分の風車を、左手に山吹車を手にしている。
「――一億円って、どういう事?」
風車が壊れていないかどうかを確認しながら、伴内は傍らにいる千風に問いかける。
「紫蝙蝠には、各地の警察の連合組織……警察連合から、一億円の賞金がかかってるんだ」
千風の説明を聞いた伴内は、成る程とばかりに頷く。ハジキが紫蝙蝠を捕らえて、一億円の賞金を手に入れようとしているのを、察したのだ。
だが、一億円の賞金を手に入れようとしているのは、ハジキだけでは無かった。突如、鎮守の森の方から、大騒ぎしながら駆け下りて来た猫人の一団……ドドンパと紅髑髏団の団員十人も、一億円の賞金を手に入れようとしていたのである。
「おめーら、こんなとこで何やってんだよ?」
駆け下りて来たドドンパは、伴内と千風に気付いて立ち止まり、声をかける。
「光の風を集めてたら、紫蝙蝠が逃げてきたから、これを取り返してたんだ」
山吹車を、伴内はドドンパに見せる。
「山吹車を取り返したんだ! 凄いじゃない、伴内……と千風」
ドドンパ同様に近付いて来た一団の一人……ペンチが、山吹車を見て驚きの声を上げる。千風の名を口にした部分だけ、少し棘のあるトーンで。
「それで、紫蝙蝠は?」
伴内はドドンパに問われ、紫蝙蝠とハジキの姿が豆粒のような大きさで視認出来る、麓の方を指差す。
「あっちに逃げた。ハジキが追いかけてる」
「あそこか! ありがとよ、伴内! 賞金貰ったら、飛ビ吉の竹輪千本奢るぜっ!」
ドドンパは礼の言葉を口にしながら、紫蝙蝠とハジキがいる麓に向かって、駆け下りて行く。
「今は忙しいから、また今度!」
麓に向かってスタートしながら、ペンチは言葉を続ける。
「夏が終わる前に、もう一回くらい一緒に海に行こうね、伴内!」
ペンチやドドンパ……そして他の紅髑髏団の面々が、一団となって風に波打つ草原を駆け下りて行く光景を、伴内と千風は呆然としながら見送る。