196 風をあつめて/その柔らかな感触に覚えがある気がした伴内は、その感触が何の感触なのだか、思い出そうとする
「――御神体、返しやがれっ!」
気合を入れて叫びながら、伴内は紫蝙蝠に飛び掛る。山吹車が左胸のポケットに挿してある事に気付いていたので、両手を紫蝙蝠の胸に伸ばしながら。
伴内の両手が、紫蝙蝠の胸を掴む。即座に左手で紫蝙蝠の左胸をまさぐり、山吹車を探り当ると、伴内は柄の部分を握り締めて引き抜き、自分の浴衣の懐の中に仕舞う。
左手で胸元をまさぐった際、ハンググライダー墜落時の衝撃でボロボロになっていた、紫蝙蝠の着衣の胸元辺りが破れる。紫色のタキシードの切れ端にシャツの切れ端が落下し、紫蝙蝠の胸元辺りからは、太くて長い包帯の様な白い布地が、垂れ下がっている。
(よし、御神体は取り返したっ! あとは、コイツを捕まえてやる!)
右手だけで紫蝙蝠の身体に掴まり、引き摺られていた伴内は、再び左手を紫蝙蝠の体に伸ばして、掴む。掴んだ箇所は偶然、紫蝙蝠の服が破れた、左胸辺り。
すると、先程とは違って、むにゅっという柔らかな感触が、左手に伝わって来る。
(え? むにゅっ?)
感触が突然変わった事に驚きつつ、その柔らかな感触に覚えがある気がした伴内は、その感触が何の感触なのだか、思い出そうとする。
(これは……確か、迷いの森で千風が俺の身体を温めてくれた時に、うっかり触っちゃったりした奴や、前にハジキに迫られた時に、触った……じゃなくて触らされた奴の感触に似てる……)
続けて、他にも何度か、同じ感触の物に触れた経験を思い出し、自分の左手が掴んでいるモノの感触が、女性の乳房と同じなのだと、伴内は気付く。そして、紫蝙蝠の胸元から垂れ下がっている白い布が、サラシであった事にも。
紫蝙蝠はサラシを胸に巻いて、胸の膨らみを隠していたのだ。だが、サラシが緩んで外れた今、生肌を晒している左胸だけでなく、右胸も伴内の手の中で、シャツの生地越しに膨らみを取り戻し始めていた。
「お、女?」
伴内は事前に、紫蝙蝠の性別に関する情報は得ていなかったし、見た目からでは性別が判定出来なかった紫蝙蝠を、声や喋り方から男性だろうと認識していた。そんな紫蝙蝠の胸に、女性の象徴である乳房がある事に驚き、伴内は上ずったような声を上げてしまう。
「――女だって分ったなら、何時までも胸を触ってるんじゃない! この変態! 痴漢!」
男性に偽装する余裕が無くなったのか、これまでより高い女性だと分る声で、紫蝙蝠は伴内を罵倒する。
「あ、ゴメン……」
思わず伴内は、紫蝙蝠の胸から両手を放してしまう。紫蝙蝠の剣幕に圧されたせいでもあるのだが、基本的には初対面の女性の乳房を触っている事に対し、罪悪感を覚えてしまった為、つい伴内は両手を紫蝙蝠から放してしまったのだ。