191 風をあつめて/蝙蝠は鎮守の森の中
紫蝙蝠は何度かの跳躍の後、境内を飛び出して、境内を囲む森の中に飛び込む。境内を囲む森……いわゆる鎮守の森の中に入った紫蝙蝠は、別に闇雲に逃げ回っている訳では無い。ちゃんと逃走の為の道具を、鎮守の森の中に隠しておいたのだ。
「多少、みっともない姿を晒しはしたが、目的のお宝は手に入れたし、ここまで来れば、後は余裕で逃げられる」
土色のビニールシートの上に草を多い被せて、道具を隠した場所に辿り着いた紫蝙蝠は、草とビニールシートを除けながら、呟き続ける。
「一人だけ、矢鱈に動きの良い奴がいたが、これを使って逃げる私に、追い着く事など不可能だ」
草とビニールシートを除けた結果、姿を現した道具……それは、紫色の折り畳み式ハンググライダーであった。紫蝙蝠が自分で開発した、瞬時に折り畳んでサイズを小さくして隠したり、畳んだ状態から即座に広げて、飛べる状態にする事が出来る、優れもののハンググライダーなのである。
「待ちやがれ! あたしの一億円っ!」
迫り来るハジキの声を耳にした紫蝙蝠は、畳まれた状態のハンググライダーを抱えると、南側に向かって鎮守の森の中を走り出す。鎮守の森に隠しておいたハンググライダーを抱えて、鎮守の森の南側……神風山の南側山腹にある草原に出て、その草原で助走を行って空に飛び立つ……というのが、紫蝙蝠の逃亡計画だったのだ。
ハンググライダーを隠していた所から草原は、そんなに遠くない。鎮守の森の中で、追っ手が自分を探し出す為に費やす、時間のロスを計算に入れれば、自分は確実にハンググライダーで、夜空に飛び立つ事が出来ると、紫蝙蝠は既に確信していた。
だが、紫蝙蝠は計算に入れていなかった。拡声器を使った支那紋の声を聞いていた、紫蝙蝠以上の運動能力を持つ猫人と、拳銃を手にした警官以上に恐ろしい、高度な狙撃能力の持ち主である、パチンコの名手の人間が、目指す草原で待ち受けている事を……。