188 風をあつめて/変態かと思ったら……
「――やぁ、猫街の諸君、お久し振りだね!」
突如、朗々とした声が、夜空に響き渡る。声を発したのは、まるでテノール歌手のような良く響く声の持ち主だった。
人々……煙によって視界を奪われていない人々は、一斉に声の発せられた方向に目をやる。声が発せられていたのは、神風神社の社殿の屋根の上である。
屋根の上には、紫色のタキシードに身を包み、紫色のマントを羽織り、紫色のマスクを被った、背の高い猫人がいた。アイマスクで顔の上半分が隠されているが、二十代の青年に見える猫人である。
「諸君の前から、私が姿を消してから、結構な月日が過ぎ去っているので、ひょっとしたら私の事を、忘れてしまった人もいるかもしれない! 故に、一応は自己紹介をしておこう!」
その紫色にこだわりがあるらしい猫人は、気取った態度と口調で、話を続ける。
「私は怪盗紫蝙蝠! 世界最高の大泥棒さ!」
「――何あれ? 趣味悪いファッション! 変態かと思ったら……あれが怪盗紫蝙蝠?」
支那紋は呟くが、拡声器を手にしているので、その呟きは神風山全体に木霊する。
「あ、悪趣味? こ、この私が?」
紫蝙蝠は一瞬、支那紋にファッションセンスを貶されて狼狽するが、すぐに自分を取り戻し、話を再開する。
「暫くの間、猫街を離れて世界中の街を巡り、お宝を盗み続けて来たが、猫街が恋しくなって来てね、戻って来たという訳なのさ!」
「いや、戻って来なくていいんだけど、誰もあんたなんか、有り難がって無いし」
支那紋の呟きが、拡声器を通じて神風山に木霊する。境内にいる人々は同意するように頷き、紫蝙蝠は再度、精神的なダメージを受けて、たじろぐ。
「――とにかく、猫街に戻って来た記念として、この風祭りの夜に、光の風を集めるという言い伝えがある、神風神社のお宝……山吹車を頂戴して、私のコレクションに加えさせて貰う事にした訳なのだよ、猫街の諸君!」
直後、風が神風神社の境内を吹き抜ける。風は祭壇周りの煙を吹き飛ばし、紫蝙蝠が手にしている、光り輝く風車を回転させる。他の風車は回転しても光っていないので、今の風が只の風である事と、只の風に吹かれているだけなのに光り輝いている、紫蝙蝠が手にしている風車が、山吹車である事は、誰の目にも明らかであった。