182 風をあつめて/夜と花火と風集め
伴内は深呼吸を繰り返し、呼吸を整え続ける。自分が登ってきた山の斜面と、その先に広がる猫街を眼下に眺めながら。
西の地平線辺りが、仄かに日に染まっているものの、既に星が瞬き始めている、空の殆どは夜である。猫街の街並も、無数の灯りが星々のように煌めいている。
麓から吹き上げる風が、一面に広がる風待草を海面のように波立たせ、伴内の肌を濡らす汗を乾かし、身体から熱を奪う。呼吸を整え、身体から熱の放出を終えた伴内は、山の斜面を駆け登って来た事によるダメージから、回復していた。
「もう、大丈夫」
伴内の傍らで、伴内と西の空を見比べていた千風は、安堵したような顔をする。
「良かった、そろそろ始まるから」
西の地平線辺りの、朱に染まっていた部分が、殆ど消え失せつつある。既に何時、風集めが始まっても、おかしくは無いのだ。
伴内が回復を終えた二分後、猫街の南側郊外の方で、鳶が無くような音を立てながら、光の玉が夜空に打ち上げられ、爆音と共に弾けて大輪の花を咲かせる。風集めの開始を告げる合図の花火が、打ち上げられたのだ。
猫街中から、どよめきと歓声が上がる。午後六時五十八分……風祭りはようやく、本番といえる段階を迎えた。これから十六日の午前零時になる五時間二分の間、風集めは続くのである。
「素早く動く光を探すんだ、風祭りの夜、猫街で高速移動する光は、光の風だけなんだから」
千風のアドバイスに、体を解しながら、伴内は応える。
「分ってるよ。猫街中に風車飾ってたんだから、俺」
「そうだったね……」
伴内が猫街市場のアーケードなど、猫街の至る所に飾った全ての風車は、風待草の汁で染められている。伴内以外の者達が飾った風車の殆ども同様なので、猫街中に飾られた風車の殆どは、光の風に吹かれれば、光を放つのだ。
光の風自体は光る訳では無いのだが、光の風が吹いている所にある風車や風待草は光りを放つ。それ故、風のような速さで移動する光を見れば、そこに光の風が吹いている事が、分るのである。
無論、歩行者天国状態になっていない、一部の道路を走る車のライトなども、猫街の中を高速で移動する光となる。しかし、車の光は猫街の道路に沿って移動するので、光の風で無いのは、大抵分るのだ。