181 風をあつめて/少しキツメって次元じゃねーぞ
「そろそろ、風集めの開始を知らせる花火が打ち上げられるから、急ごう!」
走りながら、千風は伴内を急かす。
(あれ? でも確か神風山の南側って……)
伴内は神風山の姿を、頭に思い浮かべてみる。神風山には、伴内自身も何度か登った事があるのだが、登山コースを外れた山腹の草原がどうなっているかまでは、伴内は正確には認識していなかった。
だが、神風山は低い山ではあるのだが、猫街の市街地に面した南側の斜面は、かなり急であり、猫街の住民達が神風山に登る際は、南側を避けて西側から登るのが普通だった事などを、伴内は思い出した。それ故、神風神社に登る者達の殆どは、当然のように西側の登山ルートから山頂を目指している。
そして、神風山の南側麓に辿り着いた伴内は、神風山を見上げ、呆然としたように呟く。
「傾斜……少しキツメって次元じゃねーぞ、これ」
闇に包まれつつある山腹には、森や岩場……草原などがあるのだが、風待草の草原がある辺りは、四十度程の傾斜がある。四十度もある急斜面は、普通の人間が気軽に登れるものでは無い。
しかし、その急斜面を苦にする事無く、千風は易々と登って行く。猫人の中でも抜きん出た運動能力を誇る、殆ど九十度の岩壁ですら平然と登れる千風にとって、四十度程度の斜面は、平らな道を歩いているのと同然なのだ。
伴内も慌てて千風の後を追い、登り始める。元の時空にいた頃から、人間の中では相当に運動能力に恵まれていたし、猫街住人の中でも運動能力は、最も高い部類に入る伴内なので、四十度の斜面は登れない事は無いのだが、千風のように気軽には登れない。
風に波打つ風待草の草原の中を、走り抜けるように登って行く千風の後を、伴内は必死で追いかける。何とか置いていかれる事無く、神風山の八合目辺りまで辿り着いた時には、伴内は肌から汗を噴出し、肩で息をしていた。
「この辺りで、光の風を待つんだけど……大丈夫、伴内?」
息が全く上がっていない千風は、後ろからついて来ていた伴内を振り返り、声をかける。
「大丈夫……少し休めば……」
千風に追い着いて立ち止まり、呼吸を整えながら、伴内は返事を返す。
「――ちょっとキツかったかな? 伴内なら大丈夫だと思ったんだけど……」
バツが悪そうに頭を掻きながら、千風は呟く。本心から、他の猫人などは無理でも、伴内なら十分に登れるだろうと、千風は認識していたのだ。