179 風をあつめて/祭りの匂い
翌日、雲一つ無い蒼穹の下で、風祭りは始まった。大通りの至る所で、出店を出している猫人達が、声を上げて客を呼び込んでいる。
白地にお団子のような柄が描かれた浴衣を着た白玉は、出店を眺めながら、風祭りが初めてである伴内とミケに話しかける。
「風祭りの日は、晴れなかった日が無いんだよ。まぁ、果無梅雨を終わらせ損なった年は、別だけどねぇ」
ミケは水色の浴衣に身を包んで、青い浴衣姿の伴内の右腕に、自分の腕を絡ませている。ミケと伴内の浴衣は、白玉に仕立てて貰ったものだ。
ちなみに、伴内の左隣を歩く千風の黒い浴衣も、白玉が仕立てたものである。普段通りの格好で良いと言っていた千風に、白玉が強引に着せたのだ。着慣れない浴衣姿のせいか、千風は何処となく、心許なそうな雰囲気を漂わせている。
風祭りの当日、猫街の多くの道路では、自動車や路面電車などの通行が禁止され、歩行者天国や縁日のような状態になる。大道芸人が芸を披露したり、食べ物や金魚すくいなどの出店が、並んだりするのだ。
「お兄ちゃん、ヨーヨー釣り!」
色とりどりの水風船が水槽に浮かんでいる、涼やかなヨーヨー釣りの出店に、ミケは伴内を引っ張って行く。
「そんなに急がなくても、ヨーヨーは逃げやしないって」
苦笑する伴内の浴衣の袖を引きながら、ミケは少し拗ねたように顎を引く。
「急いで色んなとこ回らないと、面白いとこ全部回れないもん! 日が落ちたら、お兄ちゃん千風にとられちゃうんだから!」
ミケが伴内と風祭りを楽しめるのは、日没前まで。それ故、ミケは日没前まで、伴内と風祭りで賑わう猫街各所を、巡りまくるつもりなのである。
実は、ミケも風集めに伴内と行きたがったのだが、既に千風と行く事を、以前から決めていた伴内に、断られてしまった。断られた後も、千風と一緒でもいいから、自分もついて行くと言っていたのだが、真剣に光の風を追いかける伴内と千風に、ミケがついていける訳が無いと白玉に諭され、仕方なくミケは伴内と風集めに行くのを諦めたのだ。
風集めについて行くのを諦める代わりに、風集めが始まるまでの日中、ミケに付き合う事を、ミケは伴内に認めさせたのである。付き合うだけでなく、全て奢る事までも。
「ヨーヨー、二人分!」
四十路に足を踏み入れた頃合の、紺色のハッピを羽織った猫人の男に、ミケは溌剌と声をかける。小学生らしき二人組の男の子の隣りに、ミケはしゃがみこむ。
伴内は帯の上に装着している、ウエストポーチの中から小銭を取り出し、頭にタオルを巻いたハッピ姿の男に、二人分の料金……三百円分を払う。こよりの先に針金の鈎が付いた、ヨーヨー釣り用の道具を受け取り、伴内はミケと共にヨーヨー釣りを始める
ヨーヨー釣りを楽しむ伴内とミケを、後ろで見守っている千風と白玉は、竹輪を三本串刺しにして、甘辛いタレをつけて焼いた、焼き竹輪を立ち食いしている。タレの焦げた、香ばしい匂いを楽しみながら、焼き竹輪を立ち食いする二人は、普段とは違い、行儀の悪い子供のようである。
風が通りを吹き抜け、至る所に飾られている風車が、からからと音を立てて回る。焼き竹輪の匂いだけでなく、醤油の焦げた焼きトウモロコシなどの匂いや、ソースの焦げた焼きソバや、お好み焼きの匂い、綿飴やリンゴ飴などの甘ったるい匂いなどが、混ざり合いながら祭りの匂いとなり、風に運ばれる。
何処からか、祭囃子が響いて来る。音と匂いと吹き抜ける風が、人々の心を躍らせる。風祭りの猫街は、既に盛り上がっているのだが、まだ盛り上がりの程度は、最高潮には程遠い。
風祭りの本番は、日が沈んでからなのだ。