171 風をあつめて/だったら、抱くとか抱かれるとか、直接的な言い方した方がいい?
「――でも、そんなの只の噂じゃない!」
語気を強め、千風は支那紋に言い返す。
「別に伴内自身は誰かと付き合ったり、付き合おうとしたりしてる訳じゃないし……」
「今の所は、そうなのかも知れないけど、狙ってる連中は多いんだから、誰かと付き合い始めるのは、時間の問題だと思うよ。ガールフレンドとか欲しがる盛りの、男の子なんだから」
支那紋は、千風のトレイの上の皿に目線を移す。殆ど食べ終わった後なので、皿の上に残っているのは、一本の揚げ竹輪だけである。青海苔をまぶした衣に包まれた、揚げ竹輪を一本だけ、千風は最後の楽しみとして残しているのだ。
ちなみに、飛ビ吉の竹輪で作った、揚げ竹輪である。
「――千風は好きな物を、最後までとっておくタイプだよね」
図星だったので、千風はこくりと頷く。
「この揚げ竹輪は千風のだから、最後までとっておいても、誰も奪ったりしないけど、伴内君は千風の物じゃないんだ」
「そんなの、分ってる……」
「伴内君を最後までとっておこうとか思ってたら、誰かに奪われて、食べられちゃうかもよ。食べたがってる連中が他にもいる訳だし、奪われて食べられたところで、千風の物じゃ無いんだから、文句を言える筋合いも無いんだしね」
そう言うと支那紋は、千風の揚げ竹輪に、ゆっくりと箸を伸ばす。
「仮に、この揚げ竹輪が、伴内君みたいに誰の物でもなくて、食べたいと思った誰かが、こうやって箸を伸ばそうとしてると、考えてごらん。千風は、どうする?」
支那紋の話を聞いた千風は、箸を揚げ竹輪に伸ばして、焦ったように食べ始める。
「そうそう、あんたは他の連中と違って、少しくらい焦った方がいいのよ。伴内君を他の女に食べられちゃってから後悔しても、遅いんだからさ」
「伴内は食べ物じゃないんだから、食べるとか食べられるとかいう言い方止めなよ」
揚げ竹輪を食べ終えた千風は、口元をナプキンで拭いてから、ソフトな口調で支那紋を窘める。
「だったら、抱くとか抱かれるとか、直接的な言い方した方がいい?」
「――支那紋、あんたねぇ!」
今度は強い口調で支那紋を窘めようとした時、千風は突如、声をかけられる。
「黒貴さん! 黒貴さんじゃないですか!」
食堂の入り口の辺りから、千風に声をかけて来たのは、茶虎である。クリーム色のチノパンに、ボタンダウンのワイシャツという爽やかな出で立ちの茶虎は、同行していたらしい男女の友人三名を残し、足早に千風の方に向かって歩み寄って来る。
「細野か、何でお前が猫目図書館にいるんだ?」
近くに来た茶虎に、千風は素っ気無い口調で尋ねる。
「夏休みのレポートの為に、ここ数日は猫目図書館通いですよ」
「そっか、細野は猫又大学の学生だったな」
「辛い勉強続きの毎日でしたが、猫目図書館に通い続けて良かった! この風祭り前の時期に、猫目図書館で黒貴さんに出会えるとは!」
一人で盛り上がりながら、茶虎は続ける。
「これは偶然……いや必然! 私を黒貴さんに出会わせようとする、風の神の計らいでしょう! 黒貴さん、今年こそ私のパートナーとなって、一緒に風集めに……」
「――悪いけど、お断り」
しれっとした口調で、千風は茶虎の誘いを断る。
「相変わらず、興味無い相手には容赦が無いね、千風は……」
あっさりと千風に断られてショックを受け、硬直している茶虎を、気の毒そうな目で眺めながら、支那紋は呟く。
「興味無い相手に、気を持たせるような返事する方が、残酷でしょうが」
「ま、それは……そうなんだろうけどさ」
レポートを一緒にやりに来た大学の友人達に、食堂の隅にあるテーブルの方に引き摺られていく茶虎と千風を見比べ、支那紋は苦笑する。