165 風をあつめて/千風が昔、惚れてた男の事だよ
「――そういえば、一緒に風集めに参加しようって千風に誘われて、オーケーしたんだ」
伴内は、言葉を続ける。
「パートナーとして誘われたのかどうかは知らないけど、とりあえず風集めには、千風と一緒に行く予定になってる」
「ち……千風に先を越されていたなんて……」
誰にも聞こえない程の小声で、ペンチは悔しげに呟き続ける。
「あいつ、そっちの方面の積極性はゼロだと思ってたのに……油断したっ!」
ペンチに続いて、今度はドドンパが意外そうな顔で呟く。ペンチとは違い、伴内にも聞き取れる程の声で。
「千風がねぇ……。あいつは毎年、一人で参加してたのに……ようやく過去は吹っ切ったって事なのかな」
「過去を吹っ切ったって……どういう事?」
ドドンパの呟いた内容……千風の過去が気になった伴内は、ドドンパに尋ねてみる。
「千風が昔、惚れてた男の事だよ。俺もそんなに詳しい話は知らないんだけどな、前に酔っ払った伯母さんが話してたのを、聞いた事があるだけだから」
風車を飾り付ける作業の手を休め、ドドンパは伴内の問いに答え始める。
「事故か何かで、離れ離れになったとか死んだとか……とにかく、もう二度と会えない羽目になっちまったらしいんだけど、千風はその男の事が、忘れられなかったらしいんだよな」
(やっぱり、この話か……。千風が、触れたがらない過去の話……)
千風が過去に好きだったらしい男の話を、初めて伴内が聞いたのは、最初に猫街役場に行き、支那紋と会った時だった。
「ただ、昔大好きだったけど、離れ離れになっちゃった……兄貴みたいな男の人が忘れられないからって、男を一切寄せ付けないだけというか、恋愛自体から、自分で退いちゃってるだけの話で」
その際、千風は支那紋の話を、即座に制止した。そして役場からの帰り道、伴内はその話について千風に尋ねたのだが、千風は返事を濁し、それ以上は喋らないという意志を、態度で示したのだ。
以降、伴内と千風の間では、その話……千風が過去に好きだった相手に関する話は、何となくタブーに近い扱いになっている。支那紋も千風に強く口止めされたのだろう、その話については尋ねても、口にしなくなってしまった。
「――昔の男が忘れられないせいで、あいつは一切、男を寄せ付けなかったらしいんだよ。それなのに、あいつ伴内だけは寄せ付けたんだよな、どういう訳だか」
「俺だけ寄せ付けた……」
「だから、おめーに出会って昔の男の事を、やっと吹っ切れたんじゃねえかって思っただけの話よ。毎年色んな連中に誘われていながら、一人で参加してた風集めに、今年は自分から誘った男と参加しようってんだからさ」
「それって、まるで千風が俺の事を、恋愛対象として見てるみたいな言い方じゃん」
「まぁ、恋愛対象じゃなくて、単に保護者気分なだけなのかもしれないけど、あいつが伴内の事を気に入ってるのは、確実だと思うぜ」
(千風が俺の事を気に入ってる……ねぇ)
恋愛対象として見られているのかどうかはともかく、魅力的な異性である千風に気に入られているのだとしたら、それは伴内にとって、素直に嬉しい事だった。炎天下のアーケードの上、伴内は上機嫌で風車を飾る作業を続ける。
アーケードの前の大通りを、路面電車がガタガタと音を立てて走って行く。路面電車の側面には大きな風車が飾られていて、風祭りまであと五日と書かれた、薬屋のビルボードが設置されている。
風祭りが近付く猫街は、妙に浮ついている。若い衆にとっての風集めの意味を知った伴内の心も、猫街同様に浮つき始めていた。