016 春らんまん/猫耳と尻尾
伴内は立ち上がり、千風の後を追い歩き出す。少し前を歩く、千風が穿いているジーンズの、腰と尻の間辺りに穴が開いていて、そこから黒くて長い尻尾のようなものが伸びているのに、伴内は気付く。
上機嫌な猫の尻尾のように、黒い尻尾は上にピンと伸びている。
「良く出来てるね、その尻尾のアクセサリー。あと猫耳のヘッドドレスも」
「これ? アクセサリーでもヘッドドレスでも無いよ、本物」
「本物? そんな馬鹿な!」
「いや、これ……本当に本物なんだよね、猫神招きされて来たばかりの伴内には、信じられないかもしれないけど」
千風の言葉が冗談だろうと思った伴内は、触れば偽物だと分るに違いないと思い、千風の尻尾に右手を伸ばし、むんずと掴んでみる。
「――ひ!」
全身を震わせ、短い悲鳴のような声を上げた千風は、驚いて伴内の方を振り向く。千風は顔を赤面させ、伴内を睨み付けている。
(え? ほ、本物?)
千風の敏感な反応と、触った尻尾の感触から、まるで本物の猫の尻尾を触ったかのような錯覚を、伴内は覚える。
「――あ、ごめん! 触れば本物かどうか分ると思ったんだけど、触ったら駄目なの?」
伴内の言葉に、千風は大きく頷く。
「尻尾はね、勝手に触っちゃ駄目。この街では、それは物凄く悪質なマナー違反なんだからね!」
千風は顔を赤らめたまま、上ずったような口調で続ける。
「相手の同意を得ないで……ましてや異性の尻尾を勝手に触るような真似したら、相手に引っ掻き傷だらけにされても、何も文句言えないんだから! 分った?」
伴内は千風の勢いに圧され、大きく頷く。
(つまり、同意を得れば触っていい訳か)
もう一度、千風の尻尾を触って、本物なのかどうかを、ちゃんと確かめてみたいと思った伴内は、改めて尻尾を触る事の同意を、千風に求めてみようと思う。