150 あしたてんきになあれ/クロキチが俺になるなんて、妙な夢だね
翌朝の午前七時、朝食を終えた伴内と千風は、朝日が木漏れ日として射し込む森の中で、乾かし終えた荷物などをリュックに詰めながら、出発の準備をしていた。既に着衣は乾いていたので、二人は裸では無い。
裸では無いのだが、どうも伴内は千風を目にすると、千風の裸身を思い浮かべてしまい、恥ずかしくなってしまう。伴内にとって昨夜の経験は、かなり刺激的だったのだ。裸で抱き締めあい、身体を温め合っただけなのだが。
「――どうしたの?」
焚き火の後片付けをしていた千風は、自分を見て顔を赤らめている伴内に気付き、不思議そうな顔で伴内に尋ねる。
「――いや、あの……その……」
千風の裸身を思い出していたなどという、真実ではあるが不埒な答えを返せる訳が無い。うろたえながら、何と言って誤魔化そうか頭を巡らす伴内の目に、千風が身を包んでいるジーンズとジージャンが映る。どちらも、色は黒である。
(千風って、何時も黒ばっか着てるよな。そういえば、黒といえば昨夜の夢で……)
黒尽くめの千風のファッションを見て、伴内は昨夜見た夢の内容を思い出す。かっての愛猫……黒い仔猫だった黒吉の夢を見た事を。
(そうだ、この話をして、誤魔化そう!)
伴内は、黒吉の夢の話をして、話を誤魔化そうと決意する。
「――千風の着てる服見てたら、クロキチの夢を見たのを思い出したんだ」
「クロキチの夢?」
驚きと戸惑いの混ざったような目で、千風は伴内を見る。
「昨夜、川に流されて意識を失って……千風に温めてもらってる間に、クロキチの夢を見たんだよ。懐かしかったな……」
「――それって、どんな夢?」
「家の布団で寝てる俺の上に乗って、甘えて来るクロキチを撫でる夢」
夢の内容を思い出しながら、伴内は話し続ける。
「それで、気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らすクロキチを撫で続けてたら、何だか分らないけど、クロキチが千風に変わっちゃったんだ」
千風が突如、顔を強張らせた事に、伴内は気付く。
「――どうかしたの?」
「あ? いや……何か赤いのが見えた気がしたから、焚き火が消え損なってたのかなと思ったんだけど、気のせいだったみたい」
千風は焦ったように、焚き火の跡である灰の山を踏み躙る。
「クロキチが俺になるなんて、妙な夢だね。そんな夢、何で見たんだろう?」
「――実はクロキチは猫街に来て、千風になってるんだけど、その事に気付かない俺に、神様が夢で教えてくれたんだったりして……」
冗談めかした口調なので、伴内が本気で言っている訳で無いのは、千風にも分る。どう反応すべきか分らない千風は、ただ黙って、伴内の次の言葉を待つ。
「ま、クロキチは雄だったから、そんな訳が無いんだけどさ」
(綺麗な、女の人の身体だったもんな。胸とか触っちゃったし……)
話の流れから、伴内は再び千風の裸を思い浮かべて、頬を染めて黙ってしまう。
「そうだね、俺は女だから、そんな訳が無いんだよね」
そう呟きながら、少しだけ寂しそうな色合いの混ざった笑みを、千風は浮かべたのだが、千風の裸の事に頭が占拠されてしまった伴内には、その色合いに気付く余裕が無かった。