141 あしたてんきになあれ/首に手を回して、ちゃんと掴まっててね!
猫街住民の中でもトップクラスに入る程に、伴内の運動能力は高い。しかし、千風の運動能力の高さは、その更に上を行く。運動能力や体術において、千風は猫街において、最高と評される猫人の一人なのである。
伴内ですら登るのが不可能な崖であっても、千風なら伴内を抱えたまま、易々と登れてしまう。それ故、迷いの森に入って以降、自分で越えるのは不可能そうな崖や、クレバスのような地の割れ目に出くわした場合、伴内は千風に抱き抱え、運んで貰う事にしたのだ。
三十分前程前に出くわした岩壁を登る際、抱き抱えられるよりも背負われる方が恥ずかしく無いと考えた伴内は、抱き抱えるより背負って欲しいと千風に頼んだ。しかし、背中にはリュックを背負っているので、背負うのは無理だと、千風は伴内の頼みを断り、伴内を抱き抱えて運んだのである。
運んで貰う立場の伴内は、千風に強くは出れない。前回同様、今回も伴内は千風に抱き抱えられ、運ばれる羽目になってしまった。
「じゃあ、行くよ! 首に手を回して、ちゃんと掴まっててね!」
少し頬を染めながら頷き、伴内が首に手を回して抱きついたのを確認してから、千風は崖に向かって駆け出す。そして、地面を強く蹴り、跳躍する。
五メートル程の高さを、一度の跳躍で飛び上がった千風は、岩壁にある突起を蹴り、更に跳躍する。岩壁から沢山飛び出ている岩の突起を足場として、千風は繰り返し跳躍し続け、ジグザグの軌道を描きながら、忍者のように身軽に岩壁を登って行く。
伴内は千風の運動能力の高さに、舌を巻く。リュック二つと伴内の重さを加算すれば、七十キロ以上の重さになるのだが、千風は平然と五メートルクラスのジャンプを繰り返し、崖を登り続ける事が出来るのだ。
千風が猫街一の探偵として活躍出来るのは、この桁外れに高い運動能力に負う部分が大きい。猫街王子などという男のような通り名が出来てしまったのも、猫街学園に通っていた頃から、男性以上の運動能力と格闘能力を持っていた千風が、男性以上に頼りになる存在であったかららしいと、伴内は支那紋に聞いた事があった。
「流石は猫街王子、凄い運動能力だな」
「猫街王子って言わないでよ。余り好きじゃないんだから、その徒名」
軽く雑談を交わす程の余裕を持って、千風は跳躍を繰り返す。そして、伴内を抱き抱えた千風は、程無く崖の天辺まで辿り着いてしまう。