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Stylish  作者: 高菜あやめ
第二話
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3. 居残り

 せっかく井沢がわざわざ人目につかないように裏道で降ろしてくれたのに、けっきょくクラスのみんなに見られてたわけか。

 ――それはまあ仕方ないとして、この女に見られてたのは少々面倒だな。

 安須は鬼の首をとったような笑みで、厭味ったらしく首をかしげてみせた。

「さっすが下品な共学に通ってらしただけあるわぁ。異性交遊が派手ねぇ~昨日は別の男の人と一緒だったんですって?」

「……あのなぁ、あいつはただの幼なじみで」

「いろんな男の人と付き合っているのね、伏見さんは」

 コイツ、わざと『いろんな男』ってところを強調してやがる。なに勘ぐってんだか。

「ちょっと安須さん!」

 斜め後ろの席から優香が立ち上がった。優香の剣幕をものとしない安須は、優雅に弧を描く眉をピクリと動かした。

「なによ、井沢さん」

「言っておくけど、今朝真紀を学校まで送ってきたのは、うちの兄貴なんだからね」

「井沢さんのお兄様ですって?」

 すると近くの席から声が上がった。

「井沢さんのお兄さんって、あの【aqua】の美容師さん!?」

「えー、超イケメンって有名の?」

「わあ、伏見さん付き合ってるんだー」

 今度は違う意味でざわめいてきた周囲に、あたしは焦ってさえぎった。

「おい、ちょっと……違うって! 別にあたしは、アイツと付き合ってるわけじゃ」

「やあねぇ、美容師でイケメン? くっだらない」

 安須の鼻で笑うように言い捨てた言葉に、あたしは思わずふりかえった。

「美容師なんて軽薄で頭悪そう。イケメンなんて言われて、調子のってチャラチャラしてんじゃないの?」

 隣に立つ優香の体が一瞬固まる気配がした。あたしは衝動的に立ち上がると、腕を振り上げて……。

 バチーン、とあたしが繰り出した平手打ちの音が教室に鳴り響いた。みごとなクリーン・ヒット。頬を抑えた安須は、みるみるうちに涙をにじませる。

「な、なによ、いきなり! この野蛮ブスっ!!」

「うるせー、勝手なことぬかしやがって。あたしのこと馬鹿にすんのはいいけど、優香の兄貴は関係ねーだろ。アイツのことよく知りもしないで勝手なこと言うな」

 わっ、と泣き出した安須に続いて、ガラリと扉が開かれる音。もうHRの時間? あ、先生……どーもオハヨウゴザイマス……って、その顔は怒ってますよね?


「なんで真紀が居残り掃除しなくっちゃいけないのよ?」

「仕方ねーよ。先に手出したのは、あたしの方なんだからさ」

 けっきょくあの騒ぎの後、あたしは安須を殴ったということで罰として教室の床拭き(つまり掃除)を担任に命じられた。親に連絡行かなかったのは、先生なりの情状酌量ってやつかな……優香が必死になって先生に事情を説明してくれたみたいだし。

 ビンタなんて喧嘩としちゃかわいいもんだと思うけど、ここは品が良くて育ちがいい女子高生が通う星華学園だもんな。

 ――ま、あたしみたいな毛色の変わったヤツもたまに混じってるけど。

 一緒に手伝おうとした優香を無理やり帰し、ひとり残ったあたしはまず教室の雑巾がけを開始した。

 教室はたいして広くないけど、一人で全部やるのは結構大変そうだ。やっぱ手伝ってもらえばよかったかな……けどあたしが受けた罰なんだし、やっぱあたしがひとりで始末するべきだと思った。

「ひゃー、水つめてっ」

 バケツにひたした雑巾を素手でしぼると、凍るように冷たい水で指先がじんじんとしびれた。せめてゴム手袋でもありゃ楽なんだけど。

 ――ああ掃除なんてメンドくせぇ。床にひざまづくと結構冷えるしな。てか、教室さみー……。

 バケツの水にうつった自分の顔には、相変わらず間抜けな青アザが目の周りに浮かんでいた。タンカ切って相手ぶん殴って、それで雑巾がけとはね。ザマねぇなぁ、まったく……カッコわりぃ。

 下を向いたまま床拭きしてると、顔の横で髪がゆらゆらとゆれて唇をかすめる。そういや井沢、髪伸びたって言ってたっけ。カットした方がいいって。カットねぇ……ついさいきん切ったばかりじゃねぇか。

 ――まったく、面倒なことばかりだ。

 バシャバシャと乱暴に雑巾を洗い、それを数度繰り返しながらどうにか床を拭き終えるころにはすっかり日も暮れていた。

 玄関で靴を履き替えて外に出ると、校門の横に見慣れた人影を見つけた。

「居残り掃除、お疲れ様」

 そこに立っていたのは、革のジャケット姿の井沢だった。

「なんでお前がここにいるんだよ」

「優香から聞いたんだ。ほら乗って」

 門には黒のバイクが横付けされていた。受け取ろうとしたメットは、井沢の手でそっと被せられた。顎の下のベルトをつけるとき、顔が近づいてドキリと心臓が跳ねた。

「迎えはいいって今朝言ったじゃねーか」

「そんなわけにはいかないよ。だって俺のために体張ってくれたんでしょ」

「はあ? 何だよ、それ」

 井沢は微笑を浮かべて腕を組むと、ガードレールに寄りかかる。

「俺の悪口言った子にタンカ切って、ぶん殴ったって聞いた」

 あたしはビクリと体を震わせた。てっきり怒られると思ったからだ。だが井沢の次の言葉に目を丸くした。

「『カッコ良かった』って優香が興奮しながら教えてくれたよ」

 以前『喧嘩するな』って言ったくせに。なんで微笑なんか浮かべてるんだ。なんだか恥ずかしくなって、そっぽを向いてしまう。

「真紀ちゃんの勇姿、俺も見たかったなぁ」

「勇姿なんて……一発ビンタしただけだって。すぐ先生に見つかって説教だったんだから。ダセーったらねぇよ」

「俺のこと『よく知りもしないで決めつけるな』って言ってくれたんだって?」

 フワリと頭をなでられた。

「ありがとう」

 なんか、良い匂いがした……コロンでもつけてんのかな。コイツ本当にお洒落だよな。ここまでバイクで来たから、メットで髪型崩れてるはずなのに、なぜかそれが決まってるし。

 教室でクラスメートが話していた「超イケメン」って言葉を思い出す。そっか、カッコイイ奴ってのは時と場所を選ばず、いつでもカッコイイもんなんだな。

 ――いや、そうじゃなくって……なんて言ったらいいんだろ。

 どうしてコイツの前だと、時々どうしようもなく恥ずかしくなるんだろ、あたし。

「真紀ちゃん?」

「あ、ああワリぃ……送ってくれんだよな」

 後ろからつかまったあたしに、井沢は「ちょっと寄り道しない?」と言うと、返事も聞かずにバイクを走らせ出した。

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