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Stylish  作者: 高菜あやめ
第一話

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5. ゆるふわ

 駅前の美容院【aqua】は、そろそろ閉店の時間だった。

 あたしは重い足を引きずって店の前までやってくると、解放的な店のガラス窓越しにそっと中をのぞいた。


 井沢はスタッフらしき女と何か話しながら、手押しカートの道具を片付けているようだった。時折軽く笑いながら、なごやかな雰囲気に包まれている。勢いで予約入れたけど、やっぱ声掛けづらい。


 ――でも、こんなカッコで家帰ったら、お母さんが心配する。


 それでも足がすくんでしまう。こんな汚く切り落とされた髪、見たらきっと呆れる。あたしに似合う髪形なんて、もうないかもしれない。


 ――やっぱり帰ろう。


 今の時間ならまだお母さんが仕事から帰ってきてない。風呂場でてきとうに長さを合わせれば、きっとなんとかなる……そう信じるしかない。


 踵を返そうとしたそのとき、ガラス窓越しに店内にいた井沢と目が合ってしまった。

 井沢は一瞬呆けたような顔であたしを見つめていたが、すぐに手にしていたクシを放り出して店の外に飛び出してきた。


「真紀ちゃん、一体どうしたの!」

「……うん、まあいろいろあって」


 逃げ腰になるあたしの手首を、井沢がしっかりとつかんだ。


「とにかく中入って……歩けそう?」


 歩けなかったらここまでどうやって来れたっていうんだ。ちょっと苦笑をもらして隣を見上げたら、こわばった井沢の横顔があった。


 ――だめだな、あたし。


 せっかく真面目な髪型にしてもらったのに、中身はてんで変わってない。

 鏡の前に座らされると、スタッフのお姉さんが飲み物を出してくれた。貼りつけた笑顔ではなく、気遣うようなやさしい微笑みを向けてくれた。


「……さて、と」


 鏡を前に、背中に立つ井沢の顔が真剣だ。でも目が合うと、少し笑ってくれた。


「ご希望の髪型はございますか?」

「……分からないようにしてくれれば、なんでも」


 井沢はあたしの無残に切り落とされた髪先をそっとなでながら深いため息をついた。


「……どうしてこうなったか、訳をきかせてくれる?」


 井沢の顔を見てられなくなり、視線を床に落とした。かいつまんでいきさつを説明し終えると、後ろからそっと抱きしめられた。


「……そう。こわかっただろう、もう大丈夫だからね」

「ぜんぜんへーき」

「嘘。震えてる」


 まわされた腕に力が入る。店内はいつの間にか人がいなくなっていた。


「そりゃちょっとはこわかったけど……もういいから早く髪切れよ。もう少ししたらお母さんが仕事から帰ってきちゃうから、それまでには……」


 と、そこで急に視界がさえぎられた。今度は正面から、しっかりと抱きしめられた。


「こんなときぐらい無理するな」


 背中にまわされた腕が、少し痛いぐらいにぎゅっと力をこめられた。


「無事でよかった」


 なぜか涙がこぼれた。一度こぼれ出すとなかなか止まらなくって、井沢の腕の中で泣きじゃくるしかなかった。


 ――本当はずっとこわかった。見捨てられるんじゃないかって。


 中学の頃ずいぶん両親に心配かけてきた。悲しませている自覚はあった。罪悪感より、嫌われたくない一心で受験した。良い高校に入って今度こそ真面目になろうと思った。

 それなのに、またこんな姿を見せたら……二人とも今度こそあたしに愛想つかすだろう。きっともう何も期待しなくなるに違いない。それが怖かった。


「ほら、完成」


 悲痛な気持ちで顔をあげると、髪はふんわり巻き髪になっていた。長さはあまり変わってないようだが、カールがついた分だけ少し短く見える。


「今日は巻いただけだから髪洗わずにそのまま寝て、明日の学校帰りにうちに寄って。カールがとれないようにちゃんとパーマかけてあげるよ」

「……かわいすぎないか」

「あれ、自画自賛?」


 微笑を向けられ、鏡のあたしが真っ赤になる。


「ちげーよ! あたしにはかわいすぎる髪型じゃないかっつーの。こんなの変だよ、こんなの自分じゃないみた……い」


 あたしは泣きながら笑っていた。



⭐︎



 翌日学校に行ったらクラスメートに囲まれた。皆口々に新しい髪型をほめてくれたが、あたしは気まずそうに笑っただけだった。


「さっすが兄貴だね! で、今日は帰りどうするの?」

「……もう一度、美容院に来いって」


 事情をなんとなく知っている様子の優香は「そっか」と一言言っただけだった。


「んじゃ、私も一緒に行こっかな」

「え、ついてくる気?」

「兄貴のだらしない顔、見物したくなったわ。あの人ね、今日は本当は休みのはずなんだよ」

「え、まじかよ」


 あたしが焦っていると、優香は「いいのいいの、好きで真紀の髪をやりたいんだから」と笑った。


「それより自分以外が真紀の髪をさわるのが我慢できないんじゃない? あの人の好きなようにさせとけば大丈夫、美容師としての腕は確かだから」


 あたしが小さく笑うと、優香の笑顔が大きくなった。


「ね、だから真紀の髪がセットされたら、帰りにどっかに連れてってもらおうよ。そうだな、駅の近くにできたイタリアンはどう? あ、すっごく気軽な店だから制服のままでも大丈夫。保護者も一緒だしね……」


 あたしが笑うと、顔の横で新しい髪がふんわりと揺れた。



(第一部・完)

最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

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