2. クラスの友だち
ぼんやりしていたら、春休みはあっという間に終わった。
星華学園高等部に入学して、早一週間が過ぎた――クラスメートは真面目で育ちが良さげな子たちだから、なんか気遅れする。
あたしは中学のとき、学校なんてサボってばっかだったから、クラスになじむのは、まだ時間がかかりそう。
(ま、いいけどね。中学だって、クラスじゃ浮いてたし)
学校帰りに、駅のホームで電車を待っていると、ふと視界に入ったのは列の先頭に立つクラスメートの姿――井沢優香。
あたしの髪を切った美容師の、妹だ。
目の大きいくて、華のある美人。長い、フワフワの髪をしてる。話したことは一度もないけど、すっかりクラスに馴染んでる。基本誰かと一緒なのに、一人でいるなんてめずらしい。
背筋をぴんと伸ばして立つ姿が、きれいだな。そんなこと考えていたら、その背がクルリとまわって、目が合った。
それで、笑った。
列のずっと後ろに立ってるあたしのもとに、やってくると、
「伏見さん、だよね? 家こっちの方面? 最寄駅はどこ?」
いきなり質問攻めで、圧倒される。
「……桜町駅」
ワンテンポ遅れて、どうにか駅名だけ言えた。でも井沢妹は気にすることなく、うれしそうに食いついてきた。
「私と同じだね! ところで伏見さんの髪、うちの兄貴がカットしたんだよね? 兄貴ってば『顧客情報だから』って名前教えてくれないから、気づくのに時間かかったゃった。一週間も同じクラスだったのに、ゴメンね」
「いや別に……」
あやまられる意味が分かんないけど、井沢妹は『ゴメンね』と言う割には、ちっとも悪そうじゃない。むしろニコニコうれしそうだ。
「うちの兄貴がね、伏見さんのことめちゃくちゃ可愛い子だって。髪が長くてもカワイイけど、俺がカットしたらもっと可愛くなったって、自慢してたんだよね。でもホント可愛いし、顔がちっちゃくてスタイルいいし、うらやましいな」
こんな美人に、可愛いだのうらやましいだの言われると、逆に恥ずかしい。並んで立つと、井沢妹はあたしより背が高かくて、モデルのようだ。
(そういや兄貴も背が高かったな)
あたしが無口でも、井沢妹は気にしてないみたい。学校のことや家族のこと、あれこれ楽しそうに話す。やがて電車がきて、一緒に帰ることになった。
クラスメートと一緒に帰るなんて、初めてだ。
「今日帰ったら、伏見さんと友だちになったって、兄貴に自慢してやろうっと」
「……なんで?」
井沢妹は、ふふっと楽しそうに笑った。
「そりゃ、兄貴がうらやましがるもん。伏見さんのこと、ずいぶんと気になるみたい。どう思う?」
「どう思うって?」
あたしが首をひねると、井沢妹はガバッと飛びつかれた。
「ああもう、兄貴の気持ち分かるなあ! ホント伏見さんって可愛い。同じクラスだし、仲良くして!」
「別にいいけど……離して」
これって、初めてクラスの友だちできたってこと?
⭐︎
それからと言うもの、井沢優香はよくあたしと一緒にいるようになった。もちろん、お昼もコイツに引っぱられて屋上で食べることになったし、休み時間は大抵なんとなく一緒に雑誌めくったりおしゃべりしたりする。
井沢優香と一緒にいたら、自然と他の女子にまで声をかけられるようになった。今までこんな風にクラスメートと話したことないし、慣れなくてぎこちない、気のきかない返事になってしまう。
だけど皆、そんなあたしを悪く言わなかった。いつも隣にいるようになった井沢優香は、そんなあたしの様子をどこかうれしそうな顔でながめている。
「ねえ真紀、今日の帰り付き合ってよ」
「いいけど?」
「うちのママに『ALICE'S HALL』ってケーキ屋さんのオレンジケーキを買ってきてって頼まれているの。真紀、食べたことない?」
「ないけど……」
「あ、じゃあ予定が無いなら、帰りにそのままうちに寄っていかない? 一緒にケーキでお茶しようよ」
その言葉に半分当惑、半分嬉しい気持ちが入り混じる……友達の家に呼ばれるなんて初めてかもしれない。
だって昔つるんでいた不良仲間とは、どんなに誘われても決して家とかアパートとかへ行かなかった。なぜかというと色んな意味で危険だったからだ。法に触れるようなことしてるって噂あったし。あたしはひねくれて学校サボっていたけれど、ケーサツの世話になる気はサラサラ無かった。
「ねえねえ、うちにおいでよ。ママも真紀に会わせたいし」
井沢優香の家は、きっと安全だ。コイツの世界はあいつらの世界とはまるっきり違う。
「うん、いいよ」
「やった! 兄貴もきっとよろこぶよ! ていうか、真紀が急に来たらすっごく驚くんじゃないかなぁ~フフフ、今から楽しみ」
少し興奮気味の井沢優香の隣で、あたしはやはりなんて返したらいいか分からず無言で突っ立っていた。
⭐︎
井沢家は結構デカイ一軒家だった。西洋風の鉄門が囲む敷地内には花が咲き誇り、まるで一枚の絵になりそうだ。
「おかえりなさい。あらまあ、お友達も一緒ね。いらっしゃい」
玄関で出迎えてくれたのは、井沢妹そっくりの美人だった。
「伏見真紀ちゃん。ほら覚えてる? 昨日兄貴が話してた、髪を切った子」
「まあまあまあ、あなたが真紀ちゃんね!? 本当に真人の言ってた通りだわ、可愛らしい子ねえ」
井沢母の迫力に押されながら玄関をあがった。長い廊下を通って居間に入ると、すでにお茶の仕度は整っていた。
紅茶を煎れる間も、井沢母はひっきりなしにあれこれ他愛もないことを聞いてくる。ついに井沢優香がため息をついた。
「ママってば、あんまり色々質問するから真紀がびっくりしちゃっているじゃない」
「だって優香が高校入学して、初めて家に連れてきたお友達だもの。しかも真人のお得意様だって言うじゃない」
――やっ、お得意様どころか、一度カットしてもらっただけなんだけど。
なんて説明したらいいかわからず、まごまごしていたら、タイミングよく玄関を開く音と、続いて「ただいま」っていう声が聞こえた。
「あ、真人も帰ってきたわね」
「兄貴、お客さんきてるよー」




