4. ティアラ
それからアトラクションを2つ乗り、ショーを1つ観た。途中ハロウィンパレードをながめ、ジャンクフードをかじり、なるたけ楽しむことに集中した。そして日が暮れるのを、この日が終わりになるのを、忘れようと努力した。こいつとのデートは、今日を最初で最後にしようと決めたから。
優香は怒るだろうけど、しかたない。きっと真人は心配しなくても、すぐに新しい彼女を見つけられる。あたしより全然お似合いの、可愛い彼女なんかすぐにできる……その考えは、想像以上にあたしを打ちのめした。
――あたし……いつの間に、こんなにあいつのこと……。
現実はきっと、笑っちゃうぐらいあっけなく、容赦なく前に進む。あたしの気持ちだけ先へと進めず、おいてきぼりでも進む。あたしにはずっとそれに追いつけない。
あたしがあいつと付き合うなんて、現実の世界には嘘臭すぎる。ここが夢の国だから、そんなことが許されている気がする。
夜のパレードまで時間があったので、再び近くのお土産屋に入った。かわいい缶に入ったお菓子をながめながら、瞬く間に過ぎた今日一日を振りかえった。
――今日がずっと無くならないように、この缶に詰め込んで持って帰れたらいいのに。
「それも欲しい?」
隣でやさしくたずねられ、あたしはちょっと泣きそうな気持ちをふりきるように「うん」と元気よく返事をした。
「待ってて、これと一緒に買ってくる」
真人の手にしたカゴには、優香へのお土産の他にも、いろいろお菓子の缶や箱が入っていた。きっと職場へのお土産だろう。やっぱりこいつはいい奴で、きっと皆に好かれてて、両親とも不仲になったりしたことなくて、学校だってサボったことなんてなくて……あたしと共通の経験なんて、きっと髪をカラーリングしたことぐらいだろう。
「こんにちは」
一瞬、誰に声を掛けられたのか分からなかったが、目線を少し下げると笑顔の女の子と目が合った。
「あ、朝の?」
「そうです。お姉さんもお買いものですか?」
今朝、入園の列で前に並んでいた女の子だった。首からポップコーンのバスケットを下げ、頭にキラキラ光るティアラをつけている。朝とちょっと格好が違う。そう言うと、女の子はうれしそうにうなずいてみせた。
「やっぱりティアラが欲しくなって、さっきママに買ってもらったんです」
「そっか、かわいいね」
「お姉さんは? その耳、飾りが無いからティアラと一緒につけてもいいかも」
あたしは目を丸くした。ちょうどそばの棚にはいろいろな髪飾りがあって、女の子はその中から銀色に光る小さなティアラを選ぶと、あたしに向かって「はい」と笑顔で差し出した。
「そんなの、あたしには似合わないよ」
「でもティアラが似合わない女の子はいないって、ママが言ってました」
まっすぐな瞳には澄んでいて、目の前のティアラを受け取らずにはいられなかった。「おそろいですね」と笑顔で手を振りながら母親のもとへ戻っていく女の子に、あたしは苦笑をもらして手をふりかえす。棚に戻すことに気が引けて、しかたなくティアラを手にレジに向かった……こっそりと、真人に気づかれないように。
外に出るとすっかり日が落ちていた。夜空に浮かぶのは、星空をかき消す勢いの人工的な明りで、やっぱり不自然な世界が広がっていた。
「寒いから」
短い言葉とともに引き寄せられ、背中からそっと抱きしめられた。やがて音楽と光の洪水が押し寄せてきて、あたしたちをすっぽりと包みこんでいく。
「ねえ、つけないの」
「なにが?」
「ティアラ」
耳元でささやかれ、あたしはびっくりして後ろをふりかえると、そこには人の悪い笑みを浮かべた端正な顔があった。
「レジへ行くところみちゃった」
「……見てんなよ」
「ふふ」
七色の光が暗闇に立つあたしたちに、まるで雨のように降りそそいでいく。あまりにも非現実的なその空間で、あたしは決心したように真人に向き直り、ぐっと顔をあげた。
「今日は楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
向けられる甘い微笑にグラリと気持ちが揺らぎそうになるのを、奥歯を噛みしめて必死にこらえた。
「だから、今日を最後のデートにしよう」
「……真紀ちゃん?」
あたしはまっすぐ真人の目を見た。
「今日で、真人と会うのは最後にする」