2. 写真
――す、ごい……。
たくさんの人がいてもまだ広く感じる空間が広がっていた。両側に立ち並ぶ店が日本では見たことない、まるで西洋の童話の世界のようだった。ついつい歩く足が遅くなり、ついには止まってしまうのだが、隣の真人を思い出して再び足を動かす。でもまた目を奪うような店の作りに気を取られて足が遅くなり、そして止まり……と、そんなことをくり返していた。
「入りたいお店がある?」
真人にたずねられても、どの店に入りたいのかわからない。どの店も入ってみたい。そう、目の前の店も……足が自然と引きこまれてしまいそうだ。
けっきょく目の前の店に入ることにした。中にはたくさんのぬいぐるみやおもちゃが飾られており、棚にはカラフルなお菓子の缶がところせましと置かれていた。
――すごい、すごい……絵本の中みたいだ。
「お土産なら帰りに買ってあげるよ。でも耳は先につけようね」
真人にやさしく言われ、顔が自然と熱くなる。なんか小さい子になったみたいだ……そんなに物欲しそうにしてたかな。
「ほら、ここにたくさんあるよ。どれにする?」
あたしは耳のヘアバンドを前に途方に暮れた。
――たくさんある……どれにしよう。
大きなリボンやカボチャのぬいぐるみがついているのは、なんか恥ずかしい。あたしは迷いに迷って、一番シンプルなネズミの耳を手にした。
「ん、それ? こっちのリボン付きやマジカル帽付きじゃなくていいの?」
「これがいい……」
真人は「わかった」と綺麗な笑みを浮かべてレジへ連れて行ってくれた。人が数人並んでいて、誰もがうきうきと楽しそうだ。レジのお姉さんは綺麗な西洋のドレスを着て、とびきりの笑顔を浮かべている。レジカウンターの横には小さなお菓子が売られており、そのひとつに「あっ」と思わず声が出てしまった。真人が「どうしたの」と振り返った。
「あれ……あんなキャンディー、ホントにあるんだ……」
長い棒に白と赤の綺麗なラインを描いた、絵本のお菓子の家にありそうな棒付きキャンディー。小さい頃、すっごくあこがれたものが、現実に目の前にあってドキドキした。
「欲しいなら、買ってあげる」
「い、いいよ。自分で買う……」
丸もあったけど、棒状のものを見てふと『魔法の杖みたいだな』と思い、その考えが妙に気にいったのでそれを買うことにした。
「耳をつけてそれ持つと、魔法使いみたいだね」
真人の感想にあたしは満足した。じっと棒状キャンディーを見つめ、それからちょっと味見してみようとキャンディーのセロハンをむこうとしたら、なぜかあわてた真人に止められた。
「だ、駄目だよ……それは勘弁して」
「? なんで?」
すると口を手でおさえ、一瞬視線をそらした真人が言いにくそうに切り出した。
「それは……俺と二人きりのときにして。そんな可愛い姿は、後日また見せてよ」
「意味わかんない……」
「せっかくの魔法の杖を先に食べちゃったらもったいないだろう。まだまだ今日は楽しむ予定なんだし。それに後で食べたほうが、今日のことを思い出してまた楽しめるでしょ?」
それもそうか、と思った。後日、キャンディー食べながら、今日のことを思い出してみるのも楽しそうだ。大人しく言う通りキャンディーを食べるのをあきらめると、その代わりに、と真人はポップコーンを買ってくれた。いちご味のポップコーンは甘くておいしかった。
ようやくお城の前までやってくると、あたしはまたしてもあんぐり口を開けてしまった。こんなおとぎの世界を徹底してつくってしまった事実がすごい。
そんなあたしの様子に、隣から「やっぱり女の子だなぁ」とクスクス笑い声が聞こえてきた。
「ほら、あそこにお城の主がいるよ。一緒に写真撮ってあげるよ」
お城の横には、このおとぎの国の主であるネズミが大勢の人たちに囲まれて楽しげにポーズを取っていた。小さい子から制服姿の女の子、はたまた大人の女の人たちまで、順番に写真をお願いして、ちょっとした撮影大会になっている。
「ほら、行こう」
「い、いいよ、あたしは……」
ネズミはかわいいけど、でも、あの輪に入るのは気が引ける。
「ホントいいから。行こうぜ」
あたしがあわててその場を離れたのは、ちょっと不自然だっただろうか。でもあの場にいるのはいたたまれなかった。すぐ後ろから追って来る真人は何も聞かないけど、ぜったい不思議に思っているだろう。
脳裏によみがえるのは、小さい頃の記憶……親戚の叔母さんに連れられて出かけたとき、街頭にウサギだかクマだかの着ぐるみが風船を配っていた。周りにはたくさんの他の子供が群がっていて、叔母さんに背中を押されても怖気づいていた。
『変な子ね』
叔母さんがあきれたようにつぶやいた一言が忘れられなかった。あとから合流した叔父さんに、こっそり『かわいくない』って言ってたのも聞こえた。
――あたし、かわいくないんだ……。
笑っちゃうくらいつまらない出来事なのに、あの頃のあたしにとって大きな事件だった。誰にも言えない、嫌な思い出だ。
ちらりと肩越しに振り返ると、真人が「ん?」と微笑を浮かべる。あたしが「なんでもない」って言うと同時に、キャンディーを持っていない方の手を取られて緩く握られた。
「じゃあ俺と一緒に写真撮ろうよ。あの建物の前にしよう」