1. 遊園地へ行こう
「ええっ、真紀行ったことないの!? 今まで一度も?」
「……そうだけど」
優香の大きな目がまんまるくなった。まるで宇宙人でも見たような顔だ……そんなに変なことか?
「今月はハロウィンだから、園内もすっごくかわいくなってるよ! 来週はちょうど創立記念日あるし、一緒に行こうよ!」
「えっ……い、いいよあたしは」
遊園地なんて、高校生にもなって今さら。小さい子じゃあるまいし、メリーゴーランドとかコーヒーカップ乗れってか?
そう言うと優香に一笑にふされた。
「やだあ、大人になっても普通に行くよ? それにあの遊園地は特別。キャラクターもかわいいし、乗り物は本格的だし、パレードは素敵だし、子供から大人まで楽しめるんだから!」
こんなに熱弁振るう優香を初めて見た気がする。そんなにすごいのか、その遊園地は……今まで機会がなくて行ったことなかったけど、行けばそれなりに楽しめるんだろう。
「大丈夫、私がちゃんと真紀をエスコートしてあげる」
かくして来週の水曜日の創立記念日、優香と二人で件の遊園地へ行くことになった。
当日の待ち合わせは最寄駅前にした。優香にしつこく言われてワンピースを着ることになってしまい、前日の夜はお母さんを巻き込んでてんやわんやだった。
「お母さん、ワンピースってあったっけ?」
「たくさんあるわよ。真紀ちゃんが中学のときに買ったものだけど、まだ袖も通してないものがあったはずだわ」
なぜかウキウキしているお母さんがクローゼットの奥から引っぱり出してきたのは、渋いオレンジ色の長袖ワンピースだった。
「ところでお食事? デート? 相手はもしかして井沢さん?」
「違うよ、優香。ほら例の遊園地に連れてってくれるってさ」
「ちょうどハロウィンだからピッタリね! このパンプキンカラーのワンピース、きっと可愛いわよぉ」
袖を通すと、スカートが膝上だった。
「ちょっと短いよ」
「いいのよ、今は短いのがはやりだもの。それにデートならそのくらいのほうが」
「だからデートじゃないって。優香」
「ああそうね、優香ちゃんね」
そんなわけで短いカボチャ色のワンピースを着て駅で待っていたら、優香じゃなくて本当に真人が現れたからびっくりした。
「優香は?」
「あいつ熱出して寝込んじゃって。代わりに行ってくれって……チケットもホラ」
差し出されたのはネットで購入したチケットだった。財布を取り出すと、やんわり断られた。
「ここは大人の俺に任せなさい」
「……なんか悪いな」
全然、と鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌の真人にさりげなく手を取られた。そのまま引っぱられたので、しかたなく歩き出した。
「手、はなせよ」
「どうして?」
「なんか……恥ずかしい」
口に出したらもっと恥ずかしくなってきた。頬が熱くなってうつむくと、そっと頭をなでられた。顔をあげると、真人が端正な顔立ちにやわらかい笑みを浮かべていた。
「でもね真紀ちゃん、園内はすっごく混んでいるんだ。人ごみにまぎれたら見失っちゃうから、手を繋いでおかないと危ないんだよ」
「……そうなのか?」
入園口の前に並びながら周囲を見回した。
――なるほど……この人混みじゃ無理ないな。
人の多さに若干驚きつつ、真人の手をあらためて握りなおした。はぐれたらチビのあたしじゃ、ぜったい人の波にのまれてしまう。
「初めてきたけど、この遊園地すごい人気だったんだな……」
ふと目の前に立っている女の子が振りかえり、真人とあたしを交互に見比べた。小学校高学年ぐらいだろうか。頭にリボンのついたネズミの耳をつけていた。女の子はちょっと首をかしげると、にっこり笑いかけてきた。
「こんにちは。初めてなんですか?」
「あ、ああ」
「わたし、五回目です。すっごく楽しいですよ」
にこにこと話しかけてくる女の子に、あたしは内心驚いてドキドキしていた。だって昔は、子供はあたしを見るときまって怖がって逃げた。こんなふうに話しかけられたのは初めてだ。
――うれしい。
「その耳、かわいいね」
「お姉さんもつけるといいよ。園内にたくさん売ってるし、ハロウィンバージョンもあるよ」
――あたしがネズミの耳……それはちょっとキツイんじゃ。
思わず引きつった笑いを浮かべていたら、なんと隣の真人が「いいね、買おう」とか言い出した。
「ちょ、ちょっと。いいよそんな。あたしが耳つけたらやばいって」
「たしかにヤバイかもしれないな……でもちゃんと理性を総動員させるから安心して。それに園内じゃ耳つけていた方がいいんだよ。優香に思いっきり楽しもうって言われたでしょ?」
「たしかに楽しもうって言われたけど、それと耳をつけることとなんの関係があるんだ?」
「耳をつけることで、園内の仲間入りした感覚が味わえるんだよ。特に女の子は、初めてなら必ず耳を付けたほうが楽しめると思う。ほら、あそこにいる女の子たちだって耳をつけてるよ?」
指さされた方を見ると、たしかに隣の列に並んでいた女子高生たちが制服姿に耳をつけていた。ネズミや猫など、動物の耳が多いな。キャラクターに合わせてるのか。
「分かった。耳つける」
「じゃあ、いちばんかわいいの買ってあげるね」
うれしそうにそう言う真人に、あたしはちょっと感動していた。優香の代理で来たのに面倒そうな態度を見せるどころか、あたしに楽しんでもらおうと心砕いてくれるなんて……なんていい奴だろう。
真紀ちゃん、君は誤解している……!笑