1. ご希望の髪型は?
「真紀ちゃん、星華学園に受かっちゃうなんて本当にえらいわ!」
第一志望の高校に受かったとき、お母さんが手作りのケーキを焼いてくれた。あたしこと伏見真紀にとっては大事件。だってうちのお母さんだぜ? あの、冗談じゃなく、洗剤で米をといじゃう人だよ?
お父さんは、お母さんのケーキをうまそうに食っていた。でもホント、お世辞抜きにうまかった。まさしくキセキ。あたしはケーキ好きだけど、市販のヤツしか食ったことなかったから、ちょっと感動した。
「やっぱり、お母さんの育てかたが間違っていなかったのねえ」
「よく言うよ。あたし、中学のときはめっちゃ問題児だったんだから」
「でもこうやって、ちゃんといい子に戻ったじゃないか。えらいぞ、真紀」
ニコニコ顔の両親を前に、なんだか力が抜けた。
(ま、こういう親だからこそ、バカバカしくて、反抗する気にもなれなかったんだけど)
中学時代は、規則にもセンコーにもクラスにもなじめなくて、教室じゃずっと浮いていた。気がついたら、ちょっとすさんでた。
とはいえ、すさんでたって言っても、大したことはしてない。学校サボってゲーセン行ったり、ぶらぶらしてただけ。
成績は悪くなかったし、勉強も嫌いじゃなかった。このへんが限界。悪ぶって、我慢してらんない。好きな授業があると、つい登校しちゃってたもんな。
(でも、この見た目だけは、さすがにいろいろ言われたな)
髪は腰までのロングで、色は派手めの金。ピアスは両耳合わせて7つ。うちの学校、校則ゆるいほうだけど、それでも先生たちの反応は冷ややかだった。
でも、春からはじまる星華学園って女子高は、今までのゆるい中学とは、ぜんぜん違うんだ。授業は質が高いってウワサだし、通う生徒は品がいいんだって。
つまり、今のあたしの見た目じゃ、マズイって意味。
「やっぱ、髪切ってこようかな」
「あらじゃあ、駅の向かいにできた、新しい美容院に行ってみたら。若い女の子の間で、すっごく評判いいみたいよ?」
「ふーん」
あたしの反応の薄さに、今度はビールを飲んでいたお父さんも口をはさんできた。
「きっと可愛くしてもらえるぞ。あとついでに言うと、お父さんはね、真紀にはもうちょっと女の子らしい言葉を使って欲しいなあ。せっかくお母さんに似て、可愛く生まれだんだから」
「あらやだぁ、お父さんたら!」
お母さんがウフフと笑うと、お父さんはお母さんの手を取って、だらしなく鼻を伸ばした。
マッタク、娘の目の前でよくやるよ。
「今、美容院のリンク送ったわ。お店の名前は『aqua』よ」
スマホで店のページを開くと、シンプルでセンス良さげなデザインだった。
ホントに髪を切るんだって思うと、だんだんワクワクしてきた。同時に、ちょっとだけさみしくもある。
(このロング、けっこう気に入ってたんだけどな)
でも散々ブリーチしちゃったから、毛先もボロボロでもう限界。痛みが激しすぎて、半年前からブリーチやめたから、根元が地毛の茶髪でヤバすぎ。
そう思ったら、いてもたってもいられず、さっそくオンライン予約をしてた。ラッキーなことに、キャンセル入ってたみたいで、その日の午後に予約が取れた。
⭐︎
午後、さっそく美容院に行ってみた。
もっと迷うかと思ったけど、店はすぐに見つかった。わりと新しい雑居ビルの一階で、明るくて、木製の棚や家具がイイ感じにあたたかいみを出している。たしかに女子ウケ良さそう。
「いらっしゃいませー、ご予約ですか?」
扉を開くと、すぐに女のスタッフが笑顔でやってきた。名前を言ったら、受付のソファーに案内される。ほどなくして、店の奥から若い男が現れた。
「はじめまして。本日担当させていただく、井沢と申します」
「……ども」
あたしはちょっと会釈をした。井沢という若い男は、綺麗にセットした髪を肩まで伸ばしてて、白いシャツに、嫌味のない銀のアクセをつけていた。ただ顔は嫌味なくらいイケメンだ――お母さんが「若い子に人気の店」って言っていたけれど、たぶんコイツがその理由かも。
案内された席に着くと、鏡越しに井沢と目が合った。ニコッと笑われて、あたしは居心地悪く目を伏せてしまう……こういうフレンドリーなのは、ニガテだ。
「本日はカットでしたね。どういった髪型をご希望ですか」
そう問われ、あたしはなにも考えてなかったことに気がついた。
しばらく無言で考えた後ようやく口にしたのは、なんだか自分で聞いてもあきれる希望だった。
「えっと、なんか真面目臭いヤツ」
すると井沢はとたんに吹き出した。
「ご、ごめん……真面目臭い、ね。そっか、そうきたか」
急にタメ口になった井沢は、クスクス笑いながらあたしの長い金髪をひと束すくい上げた。
(うわー、こう見ると悲惨なほど傷んでいるな)
きっと鏡の中の男も『ひでえ』って思ってる――けど、手にしたハサミを二、三度シャキシャキと動かして、鏡越しに微笑んだ。
「どのくらいなら切ってもいい?」
鏡の中のあたしが、眉を寄せてる。
「……テキトーに短く」
「では、おまかせってことでよろしいでしょうか?」
長くてきれいな指先が、あたしの傷んだ髪をサラサラとすく。あたしは決意して、無言でうなずいた。
――さよなら。
その後、井沢に『肩上まで切ってもいですか?』と言われたので、かまわないって返事したら、想像以上に短くされてしまった。
もともと癖のまったくない、ストレートの髪を、アゴのラインまで切られた。毛先はレイヤーで軽くされ、カラーは明るめのアッシュベージュに。これが地毛の色と、びっくりするほどマッチしてた。
「とてもお似合いですよ」
ぼんやりと鏡の中の自分をながめていたら、後ろに立つ井沢が自信ありげにうなずいている。
「……どーも」
「ブリーチの上にカラーしたので、アイロンはやめといたほうがいいですね。あと、なにか分からないことがあったら、いつでもご連絡ください」
そんな風に言われたけど、あたしは『うわ、めんど』とスルーした。
「ところで『真面目臭いヤツ』ってオーダー、うまくいってます?」
長身の男は少し屈んで、あたしに目をのぞくように言った。
「だって、そう切ったんだろ?」
「ええ、だいぶ印象は変わったと思いますよ。学校で気づかれないかもしれませんね」
「別にいいし。春から星華高校だから、知ってるやつ誰もいねーし」
井沢はえっ、と一瞬目を見開いた。
「……うち妹も、春から星華学園なんですよ」
マジか、同じ学校かよ。
「あ、すいません……ただあいつ、友だちできるか不安がってたんで……見かけたらでいいんで、もしよかったら……」
「別に、いいけど」
そう言ったから、井沢はうれしそうに笑った。妹のこと気にしてんだな。




