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誘拐

その男は、この宮の軍神の中で一番の力を持ち、軍神筆頭と呼ばれる神だった。

この宮の軍神達を束ね、常に王の側近くに控えて、王からの命を受け、それをこなす事が責務であった。歳は今、500歳にはもう少しといったとこで、人でいう40代後半、全ての軍神は、彼の言葉一つで動いた。

その神は、今王への報告のために、王の元へと回廊を歩いていた。

彼の名は、明進(めいしん)といった。明進がこの地位に就いたのは250年ほど前、王を尊敬し、王のために働く事が当然と思って来た。王は思慮深く、しかし決して暗くはなく明るく快活な神だった。王の常である、一族きっての大きな気を持っているにも関わらず、それをひけらかす事もなく、自分達軍神の育成にも自ら演習の相手を務めて、皆の信頼も厚かった。

正妃とも仲睦まじく、三人の皇女にも恵まれて、宮は穏やかであった。

その王が、200年ほど前から、ガラリと変わってしまった。宮の奥にこもっていることが多くなり、臣下もあまり姿を見ないようになった。雰囲気は暗く陰湿な感じで、始め、遠目ではそれが王であるとは分からなかったほどだった。

そして、妃と三人の皇女を一度に亡くしたのは、それから100年ほど経った頃だった。何でも、四人は宮を出て森を結界境に向かって歩いている最中に、見回りの軍神の目の届かない場所に入った途端に、飛べるはずでありながら、崖から転落し、亡くなった。王妃は体が弱かったので、いつお命を落とされるかといった風情であったが、娘達は健やかで気も強く、亡くなった知らせに宮は深く悲しんだ。

それからというもの、王は転生した三人の皇女達を探すようにと、そればかりを命じるようになった。

手がかりは、人に転生するということと、満月の日に神が見え、その声が聞こえるという事のみだった。一度こちらが見えてしまえば、繋がりが出来て徐々に神として覚醒し始めるという。

なぜに王がそれを知り得たのかは分からなかったが、命令通り、軍神達は皇女達を探し続けた。

そんな少ない手がかりでも、軍神達は三人のうち、二人は見付け出す事が出来た。残るは第三皇女、(かえで)のみ。そしてそれを、今回見回りの軍神達が見つけたと報告して来た。少し手間取ったものの、ここへ連れて来るとの連絡を受けた。

王の部屋の前まで来ていた明進は、王の居間へ入って、膝を付いた。

「王、ご報告に参りました。」

王・(れい)は顔を上げた。

「明進か。申せ。」

怜は無表情に言った。

「は!先程、軍神達より連絡があり、楓様の転生した人ではないかという者を、ここへ連れて参る由。半時ほどで到着する予定です。」

怜は頷いた。

「着いたら謁見の間へ通せ。見極めに参る。」

「は!」

明進は再び頭を下げた。怜は、険しい顔をしている。とても転生した娘に会えると言った風情ではない。明進がためらいながら、そこを辞そうとすると、怜が眉を寄せて言った。

「…明進。しかし、椿は見つかったのか。」

椿とは、一番最初に見つかった第一皇女。しかし、数十年前に突然に行方不明になっていた。その際、軍神一人が犠牲になり、何が起こったのかは誰にも分かっていなかった。つまり、椿が生きているかどうかも分からなかった。

「申し訳ございませぬ。皆で気を読むようにはしておるのですが、未だ椿様の気が見つかりませず…。」

怜は立ち上がった。

「やっと三人が揃うかという時に。」と、窓のほうを向いた。「良い。とにかくは楓ぞ。軍神達が結界に掛かった。戻って参ったようぞ。参る。」

王が領地全体に張っている結界は、それに触れれば王には気取ることが出来る。王の領地に、楓を連れた軍神達が入ったのだ。明進は戸惑いがちに、怜について歩いた。王は、一体どうなされたのだ…。嬉しそうに皇女達を抱かれて軍神達の前で見せていたあの時は、もう戻らないのか…。


一方、悠美はもう暴れ疲れて蓮のかたにぐったりと乗っかっていた。ここまで、30分ほどだったろうか。悠美は、自分の認識の甘さを痛感していた。神は物凄い速さで飛ぶことが出来るのだ。体験したことのないスピードでぐんぐん飛ぶので、息もしづらかったし、目の前に見える蓮の背に必死に抱きついて落とされないようにと思っていたら、疲れ切ってしまったのだ。

「見えて参った。」

スピード落ちて、利泉の声がそう告げるのが聞こえた。悠美が力なく振り返ると、あの悠美が必死に登った山の、寺がある場所のまだ向こう、神社の鳥居が見え、その先に社が見えた。悠美が、そこかと思っていると、意外にも二人はそこを過ぎて、裏手の方へと降りて行く。そして、特に変わり映えのしない洞窟の前に降り立った。

蓮は、そこへ来て悠美を肩から降ろした。悠美は自分では立てるつもりで居たのだが、足がふらふらでへたへたとその場に座り込んだ。膝に力が入らない。蓮がそれを見て眉をひそめた。

「なんだ、情けないの。主が飛んでおったのではないであろうが。我が担いで飛んでおったのだぞ?我の方が疲れたわ。」

悠美は蓮を睨み付けた。

「疲れたんじゃないわよ!飛んだのだって初めてなのに、すごいスピードだったから…驚いちゃってちょっと力が入らないだけじゃないの。」

利泉が苦笑して手を取った。

「さ、いつまでも座り込んでおってはならぬ。王がお待ちでいらっしゃるのだ。参ろうぞ。」

悠美は赤くなりながら、その手に掴まってがんばって足に力を入れた。利泉様に変な姿は見せられないわ…。

蓮がそれを見て視線を逸らせると、何も言わずに先に立って歩き出した。利泉も歩き出し、悠美はそれに付いて、洞窟の中へと慎重に歩みを進めて行った。


そこは、特に何もないように見えた。悠美は少し怖くなった…本当にここは、神が居る場所なのかしら…。

暗くて良く見えないのに、二人は確実に前を見て進んで行く。悠美は足元に転がる石に何度も足を取られながら、必死に歩いた。そのうちに、どう見ても行き止まりの場所に行き当たった。

「え…行き止まりじゃないの?」

蓮がそれを無視して手を上げ、前の壁にスッと消えて行った。悠美が絶句してそれを見ていると、利泉が同じように手を上げた。

「さ、我と共に。」

悠美はええ~?!と思いながら、引きずられるように壁に向かって突進した。当たる!と目を閉じると、何の衝撃もなく、目を開けると、そこはどこかの建物の、大きなホールのような所だった。

「何…ここ…。」

悠美が思わず呟く。高い天井に石造りの壁と床、そして奥に向かって、真っ直ぐに真っ赤な毛氈が敷かれてあった。その美しく磨かれた全てが、悠美にどこかの美術館か何かに来たかのように錯覚させた。

「我が王の宮。我らが仕える場所ぞ。」

利泉が言って、取っていた悠美の手を放すと、先へと促した。

「蓮について参れ。我は主の後ろから参る。」

悠美は急に緊張した面持ちになった利泉に、思わず頷いた。良く見ると、蓮も同じような表情をしている。悠美もつられて急にドキドキし始めた…そう、こんな所に住んでいる、神の王様に会うのだ。悠美は人の王様にも会ったことがない。緊張のあまり変な動きになりながら、悠美は蓮の背を追って歩いた。


毛氈の上を、時々に大きな窓から見える庭に視線を走らせながら、悠美は蓮と利泉と共に大きな戸の前まで辿り着いた。ここまでの道筋で、ここが決して洞窟の中ではないことを知った。窓から見える庭は広々としていて、空には月まで見えたからだ。

ここは、二人が言っていた別次元の神の世という所になるのかしら…。

悠美がそんな事を考えていると、戸が両側に開かれ、前を行く蓮の背がスッと伸びるのを感じた。悠美も慌てて前を向き、再び蓮についてその部屋の中へと進んで行った。

部屋の突き当りには、いつか映画などで見たような、王様が座る椅子のようなものが、数段高い位置にあった。その前まで進んで、蓮は立ち止まったかと思うと、悠美の横へ移動し、前を向いて片膝を付いた。利泉も反対側の隣に進み出て、同じように膝を付いて頭を下げる。悠美は、え?え?と回りを見た。どうしたらいいの…私もあんな格好にならなきゃならないの?スカートなんだけど。ズボンのほうがよかった?

横の仕切ってあるカーテンが揺れた。誰かが来る!と思った悠美は、慌てて頭を下げた。とりあえず頭を下げなきゃならないような気がしたからだ。

「表を上げよ。」まるで、空気全体から聞こえるのではないかというほど、深く低い声が言った。「ご苦労であった。」

「は!」

悠美の両脇の二人はそう言って頭を下げた。悠美がどうしようかと上目づかいでちらちらとその声の主を見ていると、相手は言った。

「主も、表を上げよ。」

悠美は、それが自分に言われたことだと分かって、恐る恐る顔を上げた。そしてびっくりした…この世界に、あの二人よりいい男なんて居ないと思ってたのに!

その王は、ブルーグレイの瞳に黒髪の、人でいう30代ぐらいの外見の、それは整った顔立ちの体格の良い神だった。涼しげな目元が、きっと笑えばとても魅力的なのだろうが、無表情に悠美をじっと見つめている。悠美は、その目に背筋が寒くなった…怖い。そう、とても怖く感じた。

しばらくじっと目を凝らしていた王は、悠美から視線を逸らすと、傍らに膝を付く、甲冑を着た神を見た。

「…楓ぞ。誰かに術を掛けられておるの…神の気が抑えられておるわ。」と、悠美に何か手を翳した。悠美の頭上に、ぴりぴりと電気が走ったような感じがする。「これで良い。明進、部屋を与え、覚醒を促すようにせよ。それから楓に術を掛けたヤツが何者か、調べよ。」

明進と言われた軍神は頭を下げた。

「は!」

サッと踵を返して出て行った王を茫然として見送った悠美は、その明進と言われた神の方を見た。明進は立ち上がって、蓮と利泉に言う。

「ご苦労だった。下がって良い。」

「は!」

二人はサッと立ち上がると、くるりと向きを変えて出て行く。悠美はその背に言った。

「ちょ、」わらわらと、女の神達が悠美を取り囲む。悠美はその間から言った。「待って!蓮、利泉様!帰れるんじゃなかったの?!どういうこと?!明日は仕事なのよ!」

二人は振り返りもせずに歩いて行く。明進が進み出て言った。

「楓様、もう人には戻れぬのです。あなた様は我らが王の第三皇女であられた。その身は人なれど、中に宿っておるのは神の命。ここでそれを思い出して頂かねばなりません。」

悠美は事態を悟った。私が、探してたその皇女だったって言うの!

「でも、私は人の世に親が!それに仕事も…奨学金だって返さなきゃならないのに!」

明進は、きっと意味が分からなかったのだろう、眉を寄せたが、女達に命じた。

「侍女!楓様をお部屋へお連れせよ。」

悠美は、回りを囲む侍女達に、こちらへこちらへと押されて、どんどんと部屋を出されて行く。

「待って!そんな勝手な!私を家に帰して!」

悠美は叫んだが、誰も聞く耳は持たず、どんどんとされるがまま、更に建物の奥と思われる、部屋へと連れて行かれてしまったのだった。

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