ずっと一緒
久しぶりに戻った悠美に、棗が急いで歩み寄った。
「まあ楓様!こんなにも長い間王のお傍を離れられず…もしや王の妃にと、皆で噂しておったほどでございます。」
悠美はびっくりして棗を見た。
「何を言っているの?私は娘ではないの。」
棗は首を振った。
「今は本当のところは違いまする。生まれ変わられたそのお命は確かに楓様であられまするが、その身は別のもの。他のかたのお子でありまするから、そうなってもおかしくはありませんでした。」
悠美は驚いて立ち尽くした。確かにそう。私のお父さんは、人。じゃあ、お父様は、その気になれば私を妃に出来たというの。
「…そんなこと、思ってもみなかったわ。」
棗は頷いた。
「そうではないかと思うておりました。しかし、楓様は蓮様を夫だと、王におっしゃったのでありましょう?」
悠美は頷いた。
「ええ。お父様が訊かれたから。でも、どうして知っているの?」
棗はため息を付いた。
「王がおっしゃったからでありまする。臣下達が、先に申しました理由から、楓様を妃にされてはと勧められたのですわ。」
悠美は自分の知らないところでそんな話が進んでいたのかとただただ茫然とした。
「そんなことをお父様に!」
「その時、王がおっしゃったのです。」棗が言った。「あれには既に蓮という夫がおるゆえ、それは出来ぬと。臣下の手がついた女を妃になどよっぽどでなければありませぬし、臣下達もそれ以上は何も言いませんでした。」
悠美は、ホッとした。事実上はまだ結婚してないんだけど。してることにして置いて本当に良かった。
しかし、そんな悠美に、棗は声を潜めて言った。
「…でも、楓様、事実まだ蓮様のお手はついておりませぬわね?」
悠美は仰天して、真っ赤になって棗を見た。
「な、な、棗っ、ど、ど、どうしてそれを…」
棗は、ため息を付いた。
「蓮様がここへいらしたからでございます。奥宮の王の結界は、皇女達の夫に限り掛かることはありませぬ。我がお出迎えして、楓様は王の元からお戻りではないと言うと、それは苛々されたお顔をなさって…もしやとお訊ね致しましたら、渋々ながらお教えくださいました。」
ああ、やっぱり蓮は怒ってるのね。
悠美は下を向いた。確かにあれから一か月だもの。怒るわよね。
「いろいろあったのよ。でも、約束はしているのよ?」
棗は何度も頷いた。
「分かっておりまする。しかしまだと聞いて、我がどれほどに慌てたかお分かりになりまするか?臣下達にバレてはとそれは神経を使いましてございます。それこそ、楓様が望まなくても、回りから王の妃にと決めてしまわれまするので。それで我は、それとなく王にご連絡したのでありまする…蓮様のご機嫌が良くないようでありまするが、楓様はいかがでしょうか?と。」
悠美はただ呆れて棗を見た。お父様にそんなことを。それでお父様は、私に戻るように言ったのね。
「…だから、私は帰るように言われたのね。」
棗は頷いて立ち上がった。
「とにかく、蓮様にはもう使いをやってございます。今夜こそ、事を成して頂かなくては!棗も安心して眠れませぬ!さ、お仕度を!」
こ、今夜!?
悠美が驚いていると、棗の声と共に侍女達がわらわらと出て来て、悠美の着物を変えて行く。
ちょ、ちょっと待ってよ!確かに上下スポーツウェアもどうかと思うけど、こんな、夜這いに来る男を待ってるみたいな、勝負下着ならぬ、勝負着物で座ってるなんて、それもどうかと思うわよ!
心の中で叫ぶものの、多人数の侍女達はさっさと悠美を着替えさせ終えると、また潮が引くようにさーっと出て行った。棗が、満足げに頭を下げた。
「さ、楓様。それでは、我ら本日はここから一番離れた部屋へ下がりまするので、ご案じなさいますな。」
悠美はそれこそ耳まで赤くした。
「そ、そんなに気を使わなくても…」
棗は断固として言った。
「いいえ、今夜は絶対にお気張り頂かねば!では、失礼致しまする。」
悠美は呆然と棗を見送った。棗だって未婚のくせに。気張るって何をよ。私は初めてなのよ、何か出来るはずはないじゃないの。棗みたいなのを、きっと耳年増って言うのよ…。
悠美は、心細く庭の月を見上げた。蓮は絶対怒ってるし。これじゃあ、棗が取り成しに来ることもないだろうし。怒った蓮をなだめるのも、疲れそうだなあ…。会いたいのは、会いたいけど…。
さっと、目の前を影が横切ったかと思うと、蓮がそこへ舞い降りた。悠美はその姿に息を飲んだ…久しぶりに見たら、またなんて凛々しいのかしら…。
蓮は、甲冑ではなく着物を着てそこへ立っていた。
深い青い色の袿を羽織っている姿は、とても精悍で美しかった。悠美がただただ見とれていると、蓮はスッと進み出て、鍵の掛かっていない窓を開けると中へ入って来た。
「…まずは、主、何か我に言わねばならぬことがあろう。」
悠美はハッとして蓮を見た。かなりむくれている…確かに、一か月は待たせ過ぎた。
悠美は、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい、蓮。お父様があまりにお辛そうだったから、お傍を離れるに忍びなかったの。」
蓮はぷいと横を向いた。
「夫より、父か。ま、我はまだ夫ではなかったがの。」
悠美は頭を下げたままだった。
「…本当にごめんなさい…。」
蓮はしばらく黙っていたが、ふっとため息を付いた。
「ま、もう良いわ。いつまでも怒っていても始まらぬ。」と、悠美を抱き寄せて、顔を上げさせた。「それに、主は王に、我を夫だと言った。お蔭でそれは皆に瞬く間に広まって、我は直後同僚にからかわれて大変だったが、それでも、嬉しかったのだ。主が戻って来ぬので、我を忘れてしもうたのではないかと、それは案じておった…王が娶られてはと、そればかり案じておったのでの。」
悠美は、そんな心配を掛けていたのだと、今更ながらに後悔した。
「本当にごめんなさい、蓮…私は、あなた以外に嫁ぐつもりなどないわ。本当よ。」
蓮は微笑んで頷いた。
「分かっておるよ。とにもかくにも、これで主の父上と母上をこちらへお連れするまでに間に合いそうでホッとしたぞ。主、まさかそれまで忘れておったのではあるまいな。」
悠美はそれに思い立って、息を飲んだ。そうだった。あと、二週間ぐらいしかないじゃない!
「忘れていたわ!お父さんとお母さん…今度の夏の旅行は神の世だって喜んでいたのに。」
蓮はまたため息を付いた。
「困ったものよ。主は一つの事に夢中になると、他が見えぬようになるの。」と、じっと悠美の目を覗き込んだ。「では、今度は我を見よ。」
悠美は悟って耳も、首まで赤くなった。今度こそ、蓮と…。
蓮の唇が降りて来た。蓮は優しく悠美に口付ける。
悠美がとにかく緊張して固まってしまっているので、蓮は苦笑して悠美を抱き上げると、そっと、悠美を寝台へ降ろした。
月の光しか入らない中、蓮は悠美の帯を解くと、言った。
「これで、約した通り、ずっと共ぞ。悠美、愛している。」
悠美も、蓮の優しく微笑む顔を見て、嬉しくなって言った。
「蓮、愛してるわ。本当にずっと一緒ね。ウソは嫌よ。」
「我は約したことは違えぬ。」
二人は口づけ合った。
人の世で生まれ育った私。蓮が見つけてくれたから、大変なこともあったけど、こうして今、一緒に居られる。これから何があっても、一緒よ。
悠美は、その夜、溶け合うような感覚の中、愛されるということを知った。
蓮は何よりも、誰よりも、大切な私の、神様。
そして二人は、神の世で、夫婦になった。
元・人と、神という、特別な夫婦に。




