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夢じゃなかった

結局悠美は、山の麓まで送ってもらい、タクシーまで呼んでもらって、慌てて駅へ取って返した。コインロッカーに預けていた旅行鞄を取ると、あちこちうろうろするのも怖くて、駅前のホテルにてっとり早く泊まった。この時ほど、一人が怖いことはなかった…シングルルームに一人、座っていると、あの二人のことが頭に浮かんで来る。まさか後を付けられていなかったかと、シャワーすら入ることが出来ず、眠ることも出来なくて、朝までまんじりともせずにドアと窓から離れた所に座っていた。ここは14階だが、あの二人は飛んでいた。間違いなく飛んでいたのだ。どこまでの高さ飛べるのか分からなかったが、窓も用心するに越したことはないと思い、ひたすらにじっと身を縮めて朝を待った。

そして、朝になるとすぐにチェックアウトをし、始発の新幹線に飛び乗って、一路自分の街を目指して帰ったのだった。


「はあー…。」

悠美は、無心に品物を作りながらため息を付いた。結局、お土産も買えずじまいだった。あの二日以外はいつもと同じように習い事に明け暮れ、五日間の連休は幕を閉じた。半年に一回のことなのに、あんな最悪な思い出を作ってしまうなんて。

隣で作業していたパートさんが、おや?という顔で悠美を見る。

「あら?連休中どこか行ったんじゃなかったの?意味有りげなため息だよねえ。」

パートさんはにやにや笑っている。悠美は慌てて手を振った。

「違いますって!ほんと、最悪な経験でした。一人旅なんてしないほうがいいかも。」と、じっとそのパートさんを見た。「ねえ山下さん、人が飛ぶのって、見たことあります?」

その山下は、きょとんとした。

「飛ぶ?ジャンプするとかでなく?」

悠美は頷いた。

「そう、浮き上がるんです。こう、ふんわり。」

山下は顔をしかめた。

「うーん、あんまりマジックとか見ないからないなあ。旅行先でやってたの?」

悠美は首を振った。

「え、いえ、そんな感じのニュース聞いたことないかなって思っただけで…」

山下は首をひねった。

「タイとかインドの修行僧が飛んだとかなんとか聞いたかも。それから変な宗教の教祖とか。」

確かに、悠美の記憶にもそんな感じのことがある。でも、実際に見るとそんな大変な感じじゃなかった。なんだか当たり前みたいな顔をして飛んでたし。

「…夢でも見たのかなあ…。」

悠美は呟いた。白昼夢にしてはリアルだったんだけど…上から落ちた時の擦り傷だってまだあるし。

山下は怪訝な顔をした。

「悠美ちゃん…なんか、悩みとか、ある?」

悠美はハッとして、ぶんぶんと頭を振った。

「何も!あ、ここ終わったし、私、洗い物します!」

頭が変だなんて思われたくない。鬱病だって、まだ治ったと診断された訳じゃないんだし。自分の頭に自信がないんだから、あれは夢だったんだ。悠美は山下に聞かなければ良かったと思った。あの子おかしいとか思われたら、瞬く間に広まってしまう。

「悠美ちゃん。」

悠美はびくっとした。

「え?」

どうしよう。頭変なの?とか聞かれたらなんて答えよう。

「もう開店だから、洗い物より出来てるヤツ値付けして表に出して来て。」

悠美は傍のカートに山ほど乗っている商品を見た。

「あ、はい!」

悠美は手に嵌めていた使い捨てのビニール手袋を取ると、慌ててカートを押して、値付けの機械の前に立った。

あれは夢。きっと夢。あんなイケメンが二人も存在すること自体が有りえないし、何で甲冑姿だったのかは分からないけど、きっと私の願望かなんかが、あそこの山の空気かなんかと影響して、ちょっと精神的に弱っている私にあんな夢を見せたのだ。

忘れよう。仕事に集中しよう。

悠美は一心不乱に値付けをして、怖いほどの気迫で品出しをしたのだった。


それから、悠美はいつものように昼過ぎには仕事を終えて、教室に通う日々を再開させた。

悠美が通っているのは、週三回の聡子の書道教室と、着付け教室で、それから通信講座の和裁、日本画も日にちを決めて黙々とこなしていた。

和裁ははっきり言って、きっと向いていないのだが、先生はいつも、優しいコメントを付けてやる気を出させてくれる。日本画は書道で筆の扱いに慣れているとはいうものの、あれはセンスなのだと思った。色の名がとても日本的で綺麗で、その優しい色合いは好きだった。でも、悠美は昔から美術が苦手だったので、向いていないのは明白だった。とにかく無事に修了することだけを考えてこなしていた。

聡子には、旅行でのことを話さなかった。もしも変な子だと思われて、距離を置かれたらとても辛いからだった。

悠美は、今日の授業を終えて、お茶に誘ってくれた聡子と共に、聡子の家の居間で寛いでいた。今日はあの、イケメンのダンナ様も居る。そうだ、ここにも尋常じゃないイケメンが居たじゃない。悠美がそう思いながら、お茶に口を付けていると、聡子が何気無く言った。

「そう言えば悠美さん、お休みにはどこかへ出掛けたの?」

悠美はびくっとしたが、慌てて首を振った。

「いえ、一人ですし、どこも結局行けなくて。」

聡子はまあ、という顔をした。

「それなら、お誘いすれば良かったわね。ね、(しん)様。」

慎は頷いた。

「本当にな。我らは、紫陽花を見に参ったのだ。この先の、寺にたくさん咲いていると聡子が言うので。」

聡子と慎は目を合わせて微笑んだ。悠美はそれに見とれた…お二人とも、なんて仲が良くて、それに綺麗なのかしら。絵になるってこういうことよね。それに、ダンナ様を「様」付けで呼ぶなんて、どれだけいい家柄の人なんだろ。

悠美は答えた。

「紫陽花ですか。きっととてもきれいでしたでしょうね。でも、お邪魔しては悪いですし。」

聡子は少し赤くなった。

「まあ…そんなことはないのよ。」

慎がフッと微笑んだ。

「そう、娘のようなものだ。気にすることはない。」

聡子は、きっと60代ぐらいではあるのだろうが、それでもとてもかわいらしい反応をする。どんな育ちかたをして、どんな人生を歩んだらこうなるんだろう。悠美は羨ましかった。自分も、ここまでイケメンでなくてもいいから、王子様とまでは行かなくても、ステキな人が現れたらいいなあ…。

すっかり二人にあてられて、少し暮れかかった空の下、悠美は家路をたどったのだった。


悠美が美しい二人を思い浮かべて幸せな気持ちになりながら歩いていると、角を曲がった所で、何か背の高いものにぶつかった。ここに電信柱なんて無かったはずだけど。

顔を上げて…悠美は固まった。

「見つけたぞ。こんな所から来ておったのか。結構な距離であるな。」

目の前に居たのは、あの時自分を「女」と呼んだ、蓮とかいう甲冑コスプレの男だった。しかし、今は甲冑を着てはいない。普通に白いシャツの前をいくつか肌蹴た状態で着て、黒っぽいパンツスタイルだった。

「あ、あ、あなた…!」

悠美が言葉を出せずに詰まっていると、後ろからあの目の青い利泉という男が出て来た。

「読みやすい「気」でよかったことよ。さて、どうする?」

利泉も、普通に服を着ていて甲冑ではなかった。

「知れたこと。王の所へ連れて参らねば。」

悠美が口をぱくぱくさせていると、通行人達がそれは珍しそうにキラキラとした瞳で、悠美ではなく、この二人を見ている。二人の美しさは、芸能人を通り越して神々しいとまで思えるものだったからだ。

蓮は、あまりにも見られるので、居心地悪そうに言った。

「だが、ここでは無理だな。我らの姿は消せても、こやつの人の体は消えぬ。宙を飛ぶ人など、人の世が混乱してしまうであろう。」蓮は面倒そうに悠美を見た。「おい女。お前、おとなしく着いて来るか、それとも夜中に意識を奪われて連れ去られるか、どちらが良い。」

悠美はそこで、ハッと我に返った。人をさらうのに、その相手に方法選ばせるってどういうこと?!

「ちょっと、黙ってたらいい気になって、あなた何様のつもり?!連れ去るってどういうことよ。理由も行先も言わずに、そんな簡単に、じゃあ付いて行きます、なんて言うと思ってるの?馬鹿じゃないの?!」

利泉が眉をひそめた。

「…確かにおかしいの。さらうなら、黙って密かにさらうべきであろうが。相手に聞いてどうする。」

蓮が利泉を見た。

「主までなんだ、利泉。この女の肩を持つのか。」

「そうではない。」利泉は言った。「案外と筋の通ったことを言っておるなと思うたのだ。」

悠美は利泉を見た。

「そちらの事情は分からないですが、どうしてなのか、お聞かせ頂けますか?」

利泉はじっと悠美を見た。

「そうよの。その方が良いか。」と蓮を見た。「一度話してみようぞ。さらうのは、それからでも良いであろう。この女にも心というものがあろうが。」

また「女」と言われたのはカチンと来たのだが、悠美は利泉と共に蓮を見た。蓮はフンと背中を向けて歩き出した。

「好きすれば良いわ。だが、どうあっても今夜中には王の元に戻らねばならぬぞ。」

悠美はいくらかホッとした。なんだ、話しが通じない訳でもないんだ。

「して、女。名は何と言ったかの。」

利泉がそれを覚えていなかったことに少なからずショックを受けたが、悠美は答えた。

「高梨悠美です。」

利泉は頷いた。

「長いの。悠美で良いか。」

悠美は驚いた。長いって、標準的だと思うんだけど。

「はい、それが私の名前なので。高梨は、苗字です。」

蓮がちらっと振り返って言った。

「人が使う、その家系に伝わる共通した名だ。知らぬのか、利泉。」

利泉は首を振った。

「我は人と関わったことがなかったのでな。主は良く知っておるの。」

名字も一続きの名前だと思ったらしい。悠美はあまりにも常識はずれなのに驚いた。こんなに凛々しいのに、頭の病気か何かなのかしら。

蓮は利泉の言葉には答えず、少し先を歩いて行く。

悠美は驚くほどに目立つ二人を連れて、仕方なく街を抜け、家の前を通り過ぎて、公園のほうへ行こうと歩き出したのだった。

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