その夜
父は気付けにとバーボンを母に飲まされ、ふらふらになりながらも復帰した。
結構乱暴な気がしたが、母は先が気になって仕方がなかったらしい。父がなんとか座っていられるので、母は言った。
「お父さんのことは気にしないで、聞いてるから。それで、神様だから蓮さんもこんなにきれいな姿なのね?」
悠美は頷いた。
「そう、神様なんだから、神々しいの。これでも人の世に合わせて抑えているほうなのよ?」
母は頷いた。
「悠美も、帰って来てから顔のラインがすっきりして、その上髪なんか艶々だし、肌なんて透けるようだし、外を一緒に歩いても、皆が振り返って仕方がなかったもの。どうしてなのか、ずっと気にしていたの…でも、神だったとしたら、納得いくのよね。」
蓮が言った。
「我ら、王の命を受けて楓様の生まれ変わりの、悠美を連れて、あの夜神の世へ参ったのです。生まれ変わりでないのなら、そのまま連れ戻るつもりだった。ですが、悠美は楓様でした。」
悠美は、頷いた。
「あちらで、事件に巻き込まれてもう少しで命を落とすところだったの。それを、蓮が命を懸けて守ってくれたのよ。私が最近まで泣いてばかりだったのは、蓮が死んだものと思っていたから。それが…今日、こうして来てくれたの。」
母は、蓮と悠美が微笑み合っているのを見て、ほうっとため息をついた。
「あなた達綺麗ねえ…まるで映画でも見てるようよ。」
蓮はきょとんとしている。悠美は母に言った。
「まあ、お母さん!自分の娘なのに…。」
蓮は小声で悠美に言った。
「…映画とはなんだ?」
「あとで教える。」
悠美は言った。すると、蓮は突然に座り直したかと思うと、両手で拳を作って畳に付き、頭を下げた。
「父上、母上。」母が慌てて背筋を伸ばす。父も、母に促されて座り直した。「我は王、怜様の宮の軍神、序列第27位、蓮。父は序列第7位、章。本日ここへ参りましたのは、ご息女、悠美殿を、我が妻にと頂きたいとお願いするため。どうか、我らの婚姻の許可を。」
母が涙を浮かべて父を何度も突く。父は、ただ狼狽えていたのに、急に真顔になると、蓮に言った。
「…娘の運命はどんなものなのかと、妻と私もそれは心配していたのだ。職場でのことに耐えられず心に傷を負って、それでも立ち直ろうとしていた時に失踪して、突然に記憶を失って戻って来て、この子の将来はどうなるんだと、本当に心配していた。でも、幸せになれるんだな。」と、息を付いた。「よろしく頼む。嫁に行くって、神の世って結婚式はあるのか?」
悠美は考えた。王族の結婚にはあるけど、確か臣下の結婚式にはない。私は皇女でも、降嫁することになるから、式はないかな。
「…式はないと思うわ。」
「しかし、来ていただくことは出来まする。」蓮が言った。悠美はびっくりして蓮を見た。「どんな生活をしているのか、案じられるでしょう。こちらへ来られることは、父上、母上に限り可能でありまする。」
母は嬉々として父を見た。
「まあ!神様達に会えるのよ?みんなこんなに美しいかたばっかりよ?楽しみだわ!」
悠美が苦笑している。父は微笑んだ。
「ま、見せてもらおう。大事な娘をやるんだから。」と、母を見た。「酒を持って来い。蓮殿と飲まないと。祝い酒だ。」
母は笑顔で立ち上がると、キッチンへと歩いて行った。悠美も手伝おうと後を追う。
そして、父は蓮を酔い潰させようとそれはたくさん酒を勧めたが、フカのように飲み、全く顔色も変わらない蓮に、結局父の方が酔い潰れて、寝てしまったのだった。
神の酒ってもっと強いから…。それに神は何日も飲み続けることがあるのよね…。
悠美は思っていたのだった。
その夜、父は蓮に運ばれてベットへ入り、蓮はと言うと、結局そこに泊まることになった。客間に布団を敷いて、母がそこで休むようにと言うと、蓮は少し戸惑った顔をしたが、おとなしくその部屋へ入った。
悠美も今日はいろいろあって、疲れてしまってベットに入った。
でも、心地よい疲れだな…蓮が、生きていてくれたなんて。そして、私は蓮と、結婚するんだなー…。
悠美が横になっていると、かりかりと戸を爪で掻く音がした。ナツだ。悠美は溜息をついて戸を開けた。
「ナツ?ここで寝たいの?」
ナツは悠美を見上げた。
「ウルルルッ」
喉の奥を鳴らすような鳴き声を上げると、ナツはそのまま方向転換をして戻って行く。
「ナツ?う、」悠美は突然に後ろから口を押えられて、部屋の中へ引きずり込まれた。「んんんん!」
《悠美、我だ!》
蓮の念が頭に響いた。
「んん?」
悠美は口を押えられたまま後ろを振り返った。蓮が、悠美の口を押えていた。蓮は、その手を離した。
「ナツが、連れて行ってやると言って。」と、下を向いた。「我が、悠美に会いたいと、ナツに言ったら…。」
悠美は、その光景を思い浮かべて思わず微笑んだ。蓮ったら、ナツに愚痴っていたのね。それにしても…。
「蓮、ナツの言ってること分かるの?」
蓮は頷いた。
「主だって分かると思うぞ?ただ、まだコツが掴めておらぬだけで。戻って行く時主に、じゃ、よろしくと言っておった。」
悠美は、声を殺して笑った。
「まあ…ナツったら…。ナツには、結婚のこと言ったの?」
蓮は、悠美と共にベッドに座ると頷いた。
「言った。神の世では、許可をもらえばその日から夫婦なのにとの。なぜに部屋を分けられるのか、我には分からなかったゆえ。」
悠美は、そういえば、と思い当たった。神の時の記憶をたどると、確かにそうだ。客間に布団を敷かれて、蓮がどうして戸惑った顔をしていたのか分かった。
「そうね…そうだったわ。」
蓮は頷いた。
「だが、人の世では違うのだな。王のように、式を終えて共に暮らし始めてからであると、ナツに教わった。ナツも、テレビとかいうもので知ったのだと。」
悠美はまたも笑った。ナツったら結構考えてたのね。知らなかった。
「神が猫に教わるなんて。おもしろいこと。」
蓮は微笑んだ。
「ナツは利口であるぞ?我が悠美を元気にしてくれたから、礼をすると言って、我について来いと言ったのだ。」
悠美は微笑み返した。
「あの子は、赤ちゃんの時に、兄弟達と必死に泣いてたから見付けて私が拾ったの。捨てられてて…助かったのは、ナツと、もう一匹だけ。その子は従妹の家に居るわ。」
蓮はまた頷いた。
「ナツから聞いた。自分は悠美と居たかったから、必死にしがみついたとな。そうしたら、悠美がこの子は私が、と言ってくれたんだと。」
悠美は暗い顔をした。
「そう…ナツ、私と来たいと言ってた?」
蓮は首を傾げた。
「いや、飯がうまいからここがいいと言っていた。飯とは、食物のことか?」
悠美は苦笑して頷いた。
「そうよ。まあ、私は食べ物に負けたのね。確かに母が、不憫な子だからと毎食良いものをあげてるのよ。」
「道理でよう太っておるわ。」
蓮と悠美は、声を押さえて笑い合った。
不意に、蓮が真剣な表情をしたかと思うと、悠美を抱き締めた。
「れ、蓮…?」
悠美はドキドキした。まさか、本当に今夜…?心の準備も、寝巻きの準備も出来てないのに。いつもの上下スポーツウェアで、新婚初夜とか…全く色気がないのに。蓮だってお父さんの上下作務衣なんだけど。
「悠美…。」
蓮は、そんな悠美の気持ちには気付かず、悠美に口づけた。そのままベッドに倒れ込み、悠美の心臓は死ぬほど拍動した。
待って!ほんとに私、実はこんなこと初めてなのよ!夢もあるのよ、どうせなら神の宮で、着物の時がいいかも!だって蓮、神なんだし!こんなお父さんお母さんの居る家で!気になる~!
蓮の唇が首筋に降りて、悠美は慌てた。
「蓮、あの、私実はこんなこと初めてなの!」
蓮は眉を寄せた。
「我もよ。人はそう何度もいろんな相手とするものなのか?」
悠美はびっくりした。
「え、蓮、いくつだっけ?」
蓮はますます眉を寄せた。
「250歳。」
神の世では200歳で成人。蓮はまだ、人の世で言うと25歳ぐらいだ。
「蓮も、恋人とか、居たことないの?」
蓮は眉をひそめたままだ。
「我には妻は居らぬ。今さら何を言っておる。」
悠美は必死に記憶を探った。そうか、神の世ではこんなことをしたらそれで一発アウトだった。妻にしなきゃならないのだ。
じゃあ、初心者同士、親の居る家でこっそりなんて無理じゃないの!絶対問題が起こるわよ。
「蓮、あの…、」
悠美が言いかけた時、ドアをノックする音が聞こえた。二人はびっくりしてドアの方を向く。母の声がして、ドアが開いた。
「悠美。」母が中に入って来た。「蓮さんが居ないの。あなた知らない?」
悠美はドキドキしながら答えた。
「ああ、散歩にでも出たんじゃない?」
母は首を振った。
「靴はあるのよ。」
「じゃあ、きっと窓から出たのよ。」悠美は外を指差した。「ほら、飛べるし。」
母は首を傾げながら、頷いた。
「…そうねえ。神様だものね。結構飲んでたから、お水でもと思ったのに。じゃあいいわ。おやすみ。」
悠美は頷いた。
「おやすみなさい。」
母は出て行った。悠美は、はーっと息を付いた。蓮がベッドの下から這い出て来る。
「…ここでは無理だと、主は言いたかったのか。」
悠美は頷いた。
「ええ。あんな感じだから…宮へ戻ってから結婚しましょう?」
蓮はため息を付いた。
「…分かった。では、また明日の。」
蓮は、ベランダから出て行った。
悠美は、ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちだった。




