一話 仮面
春。
桜が舞い、新しい制服にまだ慣れない一年生たちの声が校舎へ響く。
その教室の窓際に、一人だけ空気の違う生徒がいた。
神宮寺蓮。
男子生徒。
……少なくとも、誰もがそう思っていた。
白い肌。
いや、白いというより、透けるようだった。
窓から差し込む光を受けると、手首には細い血管が淡く浮かび上がる。
「見ろよ、あいつ。また本読んでる」
「相変わらずオタクっぽいな」
「肌白すぎ。病気じゃね?」
「男なのにチビだし」
「もやしじゃん」
「着替えも一人でどっか行くし、気取ってる」
そんな言葉が飛んでも、蓮は一切反応しない。
ただ静かに本を閉じるだけだった。
「…………」
その横顔は、まるで絵画だった。
長い睫毛。
涼しげな切れ長の目。
淡い色の唇。
後ろで結んだ黒髪が静かに揺れる。
男子なのに、妙に綺麗だった。
そんな彼を、高坂駆は無意識に見つめてしまっていた。
(……また見てる)
自分でも分かっている。
見てはいけない。
男だ。
同性だ。
それなのに。
(なんでだよ……)
駆は頭を抱えたくなる。
彼は恋愛対象が男というわけではない。
BL作品も昔から苦手だった。
友達が話題にしていても、
「俺は無理」
と即答するくらいだ。
だからこそ理解できない。
(何で……気になるんだ)
授業中。
先生が黒板へ向かう。
その瞬間。
隣の席の女子が消しゴムを落とした。
「あっ」
蓮が拾う。
「……どうぞ」
「ありがとう!」
「……」
それだけ。
無駄な会話はしない。
でも。
女子は少し嬉しそうだった。
「神宮寺君、優しいよね」
「見た目怖そうだけど」
「うん」
駆は聞こえないふりをした。
(……優しい?)
昼休み。
男子たちが集まっていた。
「昨日のグラビア見た?」
「やべぇ胸だった!」
「最高!」
笑い声が響く。
蓮は静かに立ち上がった。
「……食堂へ行く」
その場を離れる。
「ははは!」
「また逃げた!」
「小学生かよ!」
「そういう話苦手なんだろ!」
笑われても振り返らない。
その姿を見ていた駆は、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……別に逃げたっていいだろ)
そう思ってしまう自分に驚く。
放課後。
体育。
「着替えろー」
男子更衣室。
みんな制服を脱ぎ始める。
しかし蓮だけはいない。
「あいつまた別の場所か」
「ほんと気取ってんな」
「ナルシストだろ、絶対」
駆は何となく廊下を見る。
少し離れた空き教室。
蓮が一人で着替えていた。
(……)
なぜそこまで一人なのだろう。
疑問だけが積み重なる。
体育ではさらに目立った。
「よーい、スタート!」
みんなが走る。
蓮は遅い。
かなり遅い。
「遅っ!」
「やっぱりもやし!」
「運動音痴!」
笑われる。
でも。
転んだ女子に真っ先に駆け寄ったのも蓮だった。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう」
保健室まで荷物を持って付き添う。
誰も笑わない。
いや。
笑えなかった。
放課後。
校門。
蓮は一人で歩いていた。
「神宮寺」
声を掛けたのは駆だった。
蓮が止まる。
「……何だ?」
「いや……」
何を話したいのか分からない。
「その……」
「用がないなら帰る」
「あ、待て!」
蓮は振り返る。
「……」
「お前さ…?」
「何だ?」
「何で…そんなに一人なんだ?」
少しだけ沈黙。
「……一人が落ち着くからだ」
「…そうか…」
「じゃあ」
また歩き出す。
駆はその背中を見送る。
(……やっぱり綺麗だ…)
長い脚。
細い身体。
揺れるポニーテール。
(男なのに…)
その言葉が何度も頭を巡る。
数週間。
そんな日々が続いた。
駆は気付けば、蓮を探していた。
教室。
廊下。
図書室。
校庭。
どこにいても目で追ってしまう。
(……やめろ。男だぞ。俺は普通なんだ……)
否定しても。
止まらない。
そしてある日の夕暮れ。
人気のない中庭。
薔薇が咲く庭園。
蓮が本を読んでいた。
駆は息を整える。
(もう限界だ)
「神宮寺」
「……」
「話がある」
本を閉じる蓮。
「聞こう」
駆は拳を握る。
震えている。
自分でも分かる。
「俺は……」
声が震える。
「俺は普通なんだ……」
「……」
「男なんか好きじゃない……」
「……」
「なのに……」
涙が滲む。
「お前を見ると苦しい……」
蓮は黙って聞いていた。
「嫌なんだよ…!」
叫ぶ。
「何でお前なんだ!何で男なんだ!何でこんな気持ちになるんだよ!」
息を切らす。
もう止まらない。
「……好きだ……」
沈黙。
「好きなんだ…もう無理なんだ…だから………」
駆は俯く。
「…振ってくれ…」
長い静寂。
風が吹く。
薔薇が揺れる。
蓮はゆっくり微笑んだ。
その笑顔は、初めて見る柔らかなものだった。
「……ありがとう……」
「え?」
「でも……」
蓮は髪を結んでいたゴムを外す。
さらり。
黒髪が肩へ流れ落ちる。
切れ長だった目元がふっと柔らかくなる。
雰囲気そのものが変わっていく。
駆は言葉を失う。
「………え………?」
蓮は小さく笑う。
今度は、まるで鈴が鳴るような少女の声だった。
「本当の名前は…………神宮寺恋歌」
衝撃の言葉を告ぐ。
「………女の子なの」
「…………は?」
「ごめんなさい」
恋歌は少し困ったように笑った。
「ずっと男の子のふりをしてたの」
駆の思考が止まる。
「え?」
「父が……『男に舐められないように』って……だから高校では男装してるの……声も、わざと低くしてた……」
「……」
「驚いたよね」
駆は暫く動かなかった。
やがて一歩近付く。
「本当に……」
「うん……」
「……女の子?」
「……うん」
駆は大きく息を吐いた。
「……はは……」
笑う。
狂ってない。
安心したからだ。
「ははは………」
恋歌は不安そうに俯いた。
「……気持ち悪い……?」
その問いに。
駆は首を横へ振る。
「全然」
「え………?」
「気持ち悪くない」
真っ直ぐ見つめる。
「寧ろ……女の子だって分かったら……」
一歩近付く。
「もっと好きになった」
恋歌の瞳が揺れた。
「………」
頬が真っ赤になる。
「そ、そんなこと………」
「……俺」
駆は笑った。
「ずっと、お前の中身を好きだった。優しいところ。真面目なところ。困ってる人を放っておけないところ。全部。好きだった」
恋歌の瞳から涙が零れる。
「……私も……」
小さな声。
「……あなたが好き……」
「え?」
「私も……あなたの優しいところに惹かれてた」
二人は見つめ合う。
夕日が薔薇を赤く染める。
風が優しく吹いた。
少年だと思っていた"薔薇"は、本当は少女だった。
だが。
駆が恋をした理由は、その正体ではない。
誰よりも優しく、真っ直ぐな心だった。
こうして、二人だけの恋の歌が、静かに始まった――
神宮寺恋歌のプロフィール
年齢:15歳(高校一年生)
身長:159cm
血液型:B型
本名:神宮寺恋歌
男装時の名前:神宮寺蓮
趣味:お菓子作り、少女漫画、アニメ鑑賞などのインドア趣味
好きなもの:美味しい食べ物
苦手なもの:運動、下品な話、BL作品
一人称:男装時「俺」/本来「私」
二人称:男装時「お前」/本来「あなた」
特徴:胸や体型を工夫して隠し、男子として生活している。白い肌はインドア派ゆえ。家では穏やかな女の子らしい話し方で過ごしている
高坂駆のプロフィール
年齢:15歳(高校一年生)
身長:173cm
血液型:A型
好きなもの:少年漫画、ロックバンド
表向きはぶっきらぼうだが、本質は困っている人を放っておけない誠実な性格
神宮寺茂(恋歌の父)のプロフィール
年齢:40歳
身長:178cm
血液型:A型
会社では冷静な仕事人だが、家庭では妻と娘を溺愛する親バカ。妻と娘の幸せを何より願っている
神宮寺一美(恋歌の母)のプロフィール
年齢:40歳
身長:163cm
血液型:B型
穏やかで上品な性格。夫と娘を温かく見守る存在で、若々しい容姿から『恋歌の姉』だと間違えられることもある




