第4巻 第2章 内政チートと景観整備(3)
朝の結界が、息を吸う。
観測台の縁に立ち、指先を石の欄干に沿わせる。冷たい。指の魔力が震え、結界の膜を通して外の温度を舐める。東の稜線から暁光が射し、光幕に触れた瞬間、虹色の粉雪が森へ降る。美しい。だが、その美しさの下で——テントの屋根が三つ、昨日までなかった場所に生えている。
また増えた。
独立宣言から三週間。死の森の中心に築いた箱庭は、もはや私一人の庭ではない。東に三十七世帯、西に十一世帯。獣人族が東の針葉樹林に偏り、人口の重心がずれ始めている。空間の調和が歪む。水の流れが偏り、市場の位置が傾く。
目を閉じる。脳裏に地図を広げる。南東の丘陵。未開拓だが、地盤が固く、獣人族の木造建築と植生の親和性が高い。屋根の色は暗褐色、高さは周囲の樹木の三分の二以下。そうすれば、全体の緑に溶ける。
目を開ける。答えは出た。
階段を降りる。朝露が靴底を濡らす。今日は西草原の視察、午後に面談、夕方に定例会議。夜に設計図。息をつく暇はない。
だが、足は軽い。
——足音。
背後から。布靴が石を擦る音ではない。革底。重い。結界の外縁から、低い振動が伝わる。昨夜はなかった気配。
立ち止まる。風の匂いを嗅ぐ。腐葉土の奥に、鉄と油の残り香が混じる。遠い。まだ遠い。だが、方角が定まっている。
王都の方角。
指先が冷える。結界の膜が、外の気配に反応して微かに震える。光幕の縁が、ほんの少しだけ明るくなる。
エララの気配が、背中の左側に現れた。いつからいたのか分からない。彼女はいつもそうだ。
「起きてたのか」
「あなたが起きたら、起きる」
短い沈黙。彼女の瞳の縦線が、東の稜線を射抜いている。私より先に、外の気配を嗅ぎ取っていたのだろう。
「客?」
「まだ分からない。だが——」
「匂いが嫌い」
エララが鼻に皺を寄せる。鉄と油。彼女にとって、それは庭に入れたくない匂いだ。
「様子を見る。今日は予定通りに動く」
「分かった。でも、もし——」
「もしの時は、任せる」
彼女の唇が、薄く弧を描いた。牙の影が、朝日に一瞬だけ光る。
観測台を離れる。背中に、彼女の視線が残る。冷たくて、甘い。




