表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
161/173

第7巻 第3章 アレスの決断(1)

魔王の玉座は、もはや玉座の形を留めていない。


 死の森の中心、かつて星降る結界の最も遠い背景として置かれた黒曜の丘。その頂に築かれた魔王城は、アレスの構築した世界の中で唯一、醜悪を許された点景だ。許したのではない。必要だった。寸分の狂いもない構図には、影が要る。影があるから光は輪郭を持ち、歪みがあるから均整は際立つ。アレスはそう考え、魔王城を遠景の奥に沈む黒い棘として残した。


 しかし今、その棘は、空間を構成するための「影」ではなくなっている。


 城壁は内側から膨れ上がり、黒い肉のように脈打つ。尖塔は骨の指となって夜空を掻き、窓という窓からは血ではなく、星の屑を煮詰めたような紫の光が垂れ落ちる。城を覆う雲は渦を巻き、天に開いた巨大な瞳孔のごとく収縮と拡大を繰り返す。その奥で、この庭を照らす人工の星々が一つ、また一つと音もなく消えていく。


 アレスはその光景を、呼吸すら忘れて見つめる。


 顔色は青白く、指先は震える。だが、その震えは恐怖だけではない。怒りでもある。美を汚されることへの、結界師としての本能的な拒絶。自らの命を削り、世界を織り直し、死の森を一つの完成された空間として成立させてきた彼にとって、目の前の変貌はただの破壊ではない。構図への冒涜だ。


「……ひどい」


 かすれた声が、アレスの唇から零れる。


 彼の隣で、エララが長い黒髪を風に靡かせながら微笑む。その微笑みは、戦場にあるにはあまりに艶やかで、あまりに甘い。だが瞳の奥では、竜の焔が渦巻く。第七の夜、アレスが消滅したあの瞬間から、彼女の中で何かが決定的に壊れ、同時に決定的に澄みきった。彼を失う世界など必要ない。彼を傷つける者は、世界であろうと、神であろうと、己の血であろうと、すべて燃やす。それが竜姫エララの愛だ。


「ひどいわね。あれがあなたの庭に居座っているなんて」


「居座っている、ではない。侵食している」


 アレスは眼鏡の位置を直す。割れた片方の硝子越しに、濁った星光が反射する。


「線が狂っている。稜線も、空の比率も、奥行きも。あの黒の広がり方は最低だ。森の緑を殺し、湖面の反射を濁らせ、星の配置まで歪めている。許されない。絶対に」


「ふふ。そう言うあなた、綺麗ね。怒っている顔も、世界を憎むみたいな目も、全部……」


 エララは言葉を切り、そっとアレスの背後に回る。彼女の指先が彼の肩を滑り、その背後で氷のような魔力が漏れ出す。


「今はそれどころではない」


「ええ、今は終わらせる時ね」


 エララの言葉が静かに落ちた瞬間、黒曜の丘全体が鳴動する。


 音は地の底から来た。岩盤が呻き、根を張った古木が悲鳴を上げ、遠くの結界柱が共鳴して甲高い音を発する。アレスの張った多重結界は、死の森全域を覆う巨大な硝子細工にも似る。外界の滅びを拒み、内部に四季と光と水脈を保存する、閉じられた楽園。その全層が、一斉に軋む。


 魔王城の中心が裂けた。


 縦に、ではない。空間そのものが、内側へ折り畳まれるように裂けたのだ。塔も壁も床も、そこに付着していた闇も、裂け目へ吸い込まれていく。黒が黒を飲み、輪郭が消え、やがて城のあった場所には、巨大な球体が浮かぶ。漆黒ではない。黒の中に星がある。数えきれぬほどの微小な光点が、死んだ宇宙の残骸のように沈む。


 その球体が、鼓動する。


 一度。


 結界の空に浮かぶすべての星が、同時に明滅する。


 二度。


 森の水脈が逆流し、湖面が天へ向かって盛り上がる。


 三度。


 アレスの喉から血が滲む。


「アレス!」


 エララが彼の肩を抱き寄せる。細い腕に見えて、竜の膂力は岩をも砕く。だがその手つきだけは、壊れ物に触れるように柔らかい。


「結界が……内側から引かれている」


 アレスは血を拭いもせず、黒い球体を睨む。


「外から破るのではなく、世界の基底に手をかけた。私がこの森に定義した座標、星の巡り、風の通路、季節の循環……すべてを逆向きに巻き戻している」


「巻き戻す?」


「いや、違う。巻き戻しではない。畳もうとしている」


 アレスの声に、初めて明確な戦慄が混じる。


「この空間を、一枚の薄い絵にするつもりだ。奥行きも時間も命も潰して、ただの黒い面に変える。私の結界ごと、この世界そのものを……」


 言葉の続きを、魔王の声が奪う。


『見事だ、結界師』


 それは声ではない。空気の振動ですらない。耳ではなく骨の内側に響き、記憶の底を濁らせる、概念そのものの発声。森に棲む獣は一斉に地へ伏せ、葉は裏返り、星降る結界の空を渡っていた白い鳥たちは羽ばたきの途中で凍りついたように落下する。


『余が何を為そうとしているか、よく見抜いた。さすがは、死の森を美の棺に変えた男よ』


「棺ではない」


 アレスは即座に言う。


「守るための形式であり、魅せるための構図だ。おまえのような粗雑な闇に理解される筋合いはない」


『粗雑?』


 黒い球体の表面に亀裂が走る。亀裂の奥に、瞳がある。縦に裂けた竜のような瞳、横に眠る獣の瞳、人の瞳、虫の複眼、無数の眼差しが重なり合い、そのすべてがアレスを見る。


『余はこの世の終端だ。始まりから滲み出た影。命が命であるかぎり避けられぬ腐敗。美とは、崩壊を一瞬だけ忘れるための薄布にすぎぬ』


「黙って」


 エララの声が低く沈む。


 彼女の背後で、竜翼が開く。銀白の翼膜には、紫電と蒼炎が血管のように走る。角の根元から頬へかけて鱗が浮き、瞳孔が細く研ぎ澄まされる。彼女の美貌は、人の姫君のそれから、神話に語られる災厄のそれへ変貌していく。愛する者の前に立つためだけに人の姿を選んでいた竜が、今、その仮面を剥がしかける。


「アレスの世界を否定していいのは、アレスだけ。アレスを傷つけていいのは、わたしだけ。あなたみたいな、どこから湧いたかも知れない黒い塵が、彼の美を語らないで」


『竜姫よ。おまえの愛もまた、崩壊の別名だ。焼き尽くし、縛りつけ、他者を拒む。その激情こそ、余に近い』


「近い?」


 エララは笑う。


 甘く、優しく、恐ろしい笑いだ。


「近いはずがないでしょう。わたしはアレスのためなら世界を焼ける。でもアレスが愛した景色なら、爪の先を砕いてでも守る。あなたはただ壊したいだけ。わたしの愛を、そんな空っぽと一緒にしないで」


 その言葉に、アレスは一瞬だけ目を伏せる。


 エララの愛は危うい。何度も彼を怯えさせ、何度も彼の周囲から人を遠ざけ、何度も彼の美学と衝突してきた。だが第七の夜、彼が世界から消えかけた時、彼女は自らの竜核を砕き、存在の根を彼へ注ぎ込んだ。彼を所有するためではなく、彼が見たかった景色を失わせないために。彼女の奥底にあったものが、いま初めて、彼の結界の中心に触れる。


 アレスはその事実を、まだ言葉にできない。


 言葉にすれば崩れてしまいそうだ。完成された構図を前にして、最後の一筆を躊躇う画家のように、彼はただ拳を握る。


 黒い球体が大きく膨張する。


 魔王の最終形態は、肉体ではない。人の形を捨て、獣の顎を捨て、王冠も剣も玉座も捨て、世界を終わらせるための純粋な機構へ変貌する。終焉を引き寄せる核。すべての存在を一点へ折り畳む黒星。そこから放たれる力は魔力と呼ぶには大きすぎ、呪いと呼ぶには古すぎる。


 空が低くなっていく。


 比喩ではない。天幕が見えない手で押し下げられるように、星空の層が地表へ迫る。アレスの光幕が造り出した夜空は、幾何学的な精度で配置された星々によって成り立つ。季節ごとに流星の角度が変わり、湖の位置から見上げた時に最も見事になるよう調整されている。その星座が、魔王の黒星へ引き寄せられ、線を失い、群れを失い、悲鳴のような光跡を残して落ち始める。


 星が降るのだ。


 封じの名にふさわしい幻想の流星ではない。結界の骨組みである星片が、燃えながら森へ落ちる。落下した星は大地を穿つことなく、地面に触れた瞬間に平たく広がり、色を奪う。緑の草が灰色の線になり、苔むした岩が薄い影へ変わり、そこにいた小さな虫たちは輪郭だけを残して消える。


 奥行きが死んでいく。


「だめ……」


 エララが初めて、わずかに息を呑む。


 彼女は戦場で怯えない。どれほど巨大な敵を前にしても、彼女の恐怖はすべて怒りに変換される。だが今、彼女の目に映っているのは、敵の強さではない。アレスの世界が、一枚ずつ剥がされていく光景だ。彼が夜通し障壁線を引き、光の反射角を計算し、誰にも理解されない細部に執着して作り上げた楽園が、意味ごと潰されていく。


「アレス、命令して。わたしを全部使って。あの黒いものを噛み砕くから」


「近づくな。今のあれに物理的な距離は意味がない」


「でも!」


「私の傍にいろ」


 短い言葉だ。


 エララの表情が変わる。戦意に尖っていた瞳が、甘く見開かれる。命令ではない。懇願でもない。その中間にある、彼女が最も望んでいた響き。彼が彼女を戦力としてではなく、空間の一部としてでもなく、失いたくない存在として求めた声。


 だが喜びに浸る暇はない。


 黒星から、奔流が溢れる。


 それは闇の河だ。だが水のように流れるのではなく、世界を記述する見えない文字列を塗り潰しながら押し寄せる。森の奥から手前へ、上空から地中へ、過去から未来へ。方向という概念を嘲笑うように、あらゆる面から同時に迫る。触れたものは壊れるのではない。存在したという事実を圧縮され、薄く、冷たく、黒い膜へ変えられる。


 最初に消えたのは風だ。


 葉を揺らす音が途絶え、匂いが消える。花の甘さも湿った土の香りも、戦場の焦げた臭いもなくなる。次に温度が失われる。熱くも寒くもない、感覚のない虚無が肌を覆う。アレスはその異常に気づいた瞬間、両手を広げる。


「第三十二層から第四十七層までを開放。星律補正、左右対称軸を破棄。水脈を東へ逃がせ。森の遠近を三割犠牲にして、中心座標を固定する」


 彼の周囲に幾何学の光が咲く。


 円、四角、三角、螺旋、星型。幾重もの封じ紋が重なり、夜の空気に透明な建築物を作る。普段のアレスなら、絶対に許さない配置だ。均整は崩れ、光の間隔は不揃いで、色彩も乱れる。だが今は形を保つために、形の一部を捨てねばならない。一分の隙もない構図を守るために、歪な線を引く。その矛盾が彼の胸を裂くように痛めつける。


「いやだな」


 アレスは小さく呟く。


 その声は誰にも聞こえないはずだ。だがエララは聞く。彼女はアレスの肩に手を添え、震えを受け止めるように身を寄せる。


「あなたが嫌がるものは、わたしも嫌い。だから終わらせましょう」


「終わらせるには、まだ足りない」


「何が?」


「私だけでは、世界を押し返せない。あれは私の防壁の外を壊しているのではない。結界そのものを、世界そのものとして利用している。私が張った線が、あいつの終焉を伝える導線になってしまっている」


 アレスの瞳に、自責が差す。


 彼は美を守るために世界を閉じた。死の森を外界から切り離し、そこに閉じた循環を作った。だが閉じた世界は、内側に現れた終焉から逃げ場を失う。魔王はそこを突く。防壁であるがゆえに、中で爆ぜる闇はすべてに届く。彼の執着、彼の才能、彼の誇りが、今や滅びの器に変えられようとしている。


『理解したか、アレス』


 魔王の声が、黒い雨のように降る。


『おまえの美が、世界を殺す。おまえが完全を求めたから、余の終焉は完全に行き渡る。閉じた楽園ほど、死には都合がよい』


「違う」


 アレスは歯を食いしばる。


『違わぬ。おまえは選んだのだ。自由な醜さより、閉じた美を。ならばその障壁ごと、余と共に眠れ』


 黒星がさらに膨れ上がる。球体の表面から無数の腕のような影が伸び、空に、地に、光幕の不可視の壁に食い込む。空間全域を包む結界膜が、内側へ向けて湾曲する。巨大な硝子の器が真空に吸われるように軋み、森の端から端まで、白い亀裂の光が走る。


 遠くで、封じ柱の一本が砕けるのだ。


 粉々になった柱は石片として散ることなく、薄い墨の染みとなって空中に広がる。そこから外界の荒れた空が覗く。死の森の外、魔王の侵攻によって荒廃した大地。赤黒い雲、枯れた河、折れた山脈。その醜い現実が裂け目から覗いた一瞬、アレスの胸に鋭い痛みが走る。


 彼は外界の醜さから森を守った。だが同時に、森を外界から隔離した。見事なものだけを残そうとした。その選択の重さが、最終局面で彼の肩にのしかかるのだ。


 エララが裂け目を睨む。


「あそこからも闇が来る。閉じても、開いても、あいつは世界を殺すつもりなのね」


「ああ。魔王は勝とうとしていない」


 アレスは静かに言う。


「負けることも織り込んでいる。自分が滅びるなら、世界も同じ終点へ連れていく。そのための最終形態だ。王ではなく、敗北を拒む呪いになった」


『勝利も敗北も、終われば同じだ』


 魔王の声に、無数の死者の囁きが重なる。過去に魔王軍に踏みにじられた国々の怨嗟、戦場に散った兵の絶叫、名もなき獣の断末魔。すべてが黒星の内部で混ざり合い、ただ一つの結論へ収束していく。


『すべては暗く、平らに、なる。そこに争いはない。執着もない。美醜すらない。安らかであろう?』


「気持ち悪い」


 アレスの返答は、驚くほど率直だ。


「美醜がない世界など、最悪だ。争いがないから見事なのではない。醜さを越えて、歪みを整え、欠けを抱え、それでも見上げた星の配置が胸を打つから見事なんだ。おまえの平面には、余白がない。奥行きがない。何より、鑑賞者がいない」


 アレスは一歩前へ出る。


 足元の地面は既に半ば黒い膜へ変わり、靴底の感触すら薄れ始める。だが彼の背筋はまっすぐだ。緻密に整った庭園の中心に立つ造園師のように、破滅の奔流を前にしてなお、視線は細部を測る。


「私は認めない。おまえの終焉は、醜い」


 その瞬間、黒星が吼える。


 音ではなく、圧だ。空間が折れ曲がり、アレスの封じ紋が一斉に砕ける。光の円は歪み、星型は潰れ、螺旋は逆巻いて彼の腕に食い込む。血が散り、赤い雫が宙に浮かぶ。その雫さえも黒い膜へ変わりかけた時、エララが翼でアレスを包み込む。


 竜の翼膜に黒い奔流が触れる。


 焼ける音がする。肉が焼ける音ではない。存在そのものが削られる音。エララの翼の縁が薄くなり、銀白の鱗が黒い線へ圧縮されていく。それでも彼女は退かない。むしろアレスを抱く腕に力を込め、頬を彼の髪へ寄せる。


「痛いか、エララ」


「痛いわ」


「離れろ」


「嫌」


「命令だ」


「それだけは聞かない」


 彼女は笑う。苦痛に唇を震わせながら、それでも幸福そうに。


「あなたが傍にいろと言ったの。だから傍にいる。あなたがわたしを要らないと言っても、傍にいる。あなたが世界を選んでも、あなたの世界ごと抱きしめる。アレス、わたしはもう、あなたを失うくらいなら死ぬなんて言わない」


 アレスが目を見開く。


 エララは黒い奔流を翼で受け止めながら、囁く。


「あなたと生きる。あなたが愛した景色の中で、あなたを愛して生きる。その邪魔をするなら、魔王でも世界でも、わたしが許さない」


 その言葉は、呪いではない。


 今まで彼女が幾度となく口にしてきた「愛している」は、甘い鎖の音を伴う。閉じ込め、他者を焼くための言葉だ。だが今のそれは、アレスの障壁に似る。守るために張られた線。境界を作りながらも、その内側に光を巡らせるもの。


 アレスの胸の奥で、何かが静かに鳴る。


 それは失われたはずの心臓の鼓動に似る。エララの竜核によって繋ぎ直された生命の中心。彼の存在をこの世界へ縫い留めている、彼女の自己犠牲の残響。その鼓動が、黒星の圧に抗うように強くなる。


 だが魔王は待たない。


 黒星の中心が開く。瞳でも口でもない、終点そのものの穴。そこから、これまでの奔流とは比べものにならない絶望的な力が溢れ出す。夜が剥がれ、森が伏し、光幕の全層が同時に悲鳴を上げる。空間の端では山が紙のように折り畳まれ、湖は鏡面のまま黒い円盤へ変わり、花畑は色を失って一面の線描となる。


 世界が、平らになっていく。


 遠近法が死に、時間の流れが鈍り、音が奥行きを失う。アレスの視界に映るすべてが、絵画の下書きのように輪郭だけを残して潰されていく。見事なものも醜いものも、愛しいものも憎いものも、同じ黒に均される。それは破壊よりもなお残酷な終わりだ。燃え尽きることも、砕け散ることも許されず、ただ意味を薄くされる終焉。


『来い、結界師。竜姫。おまえたちの愛も、美も、余の内で平等に眠れ』


 魔王の声が、世界の底から響く。


 アレスはエララの翼の中で、血に濡れた手を上げる。指先は震えるが、その軌跡は迷わない。空中に一本の線を引く。細く、白く、あまりにも頼りない線だ。しかしその線だけは、黒い奔流に触れても消えない。


 エララが言葉を失う。


「アレス、それは……」


「まだ未完成だ」


 アレスは黒星を睨んだまま答える。


「理想には程遠い。構図も荒い。色も足りない。私なら普段、こんな線は恥ずかしくて引かない」


「でも、綺麗」


「君は私に甘すぎる」


「当然でしょう。世界で一番愛しているもの」


 アレスは一瞬だけ、かすかに笑う。


 黒い終焉の只中で、その笑みは儚く、だが確かに星のようだ。


「なら、見ていてくれ。エララ。私がこの醜悪な終わりに、どんな景色を重ねるか」


 彼の言葉に応えるように、白い線が脈打つ。


 だが次の瞬間、魔王の黒星はさらに巨大化し、空と大地と封じのすべてを飲み込む勢いで膨張する。絶望の奔流が二人へ迫る。竜翼が軋み、結界線が悲鳴を上げ、空間の星々が最後の光を震わせる。


 世界そのものを道連れにしようとする魔王の最終形態は、もはや敵ではなく、終末だ。


 そしてその終末の前で、アレスとエララは肩を寄せ合い、消えかけた星降る防壁の中心に立つ。

 まだ、崩れていない一本の白い線を挟んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ