志希、人生の切り札
家に帰ってからも、志希は胸の奥がずっと熱かった。
街灯の下でカードを拾ってくれた“あの男”の姿が、
何度思い返しても頭から離れない。
カードを握る手が、
まだ少しだけ震えている。
(……これ、絶対に運命だよね……)
そんな高揚を抱えたまま、
志希は勢いよく配信の開始ボタンを押した。
そして、配信が始まるや否や──
開口一番、息を弾ませて言った。
「聞いてよみんな……!
今日ね……カード拾ってくれた人がいたの……!」
そう言って、
志希は《創世竜ネオ・ジェネシス》をカメラに向けて掲げた。
「ほらこれ!
落として泣いてたら……
知らない男の人が拾ってくれたの!!
街灯の下でキラッて光って……
もう……運命でしょ……?」
コメント欄が一気に流れる。
《誰だよ》
《また変な人に絡まれた?》
《運ゲージが極端すぎる》
志希は完全に舞い上がっていた。
「違うの!変な人じゃないの!
あの人……絶対運命の人だよね……?
カードを拾ってくれたんだよ……?
これはもう……結婚だよね……?」
そう言うと、志希は突然机の引き出しを漁り始めた。
ネット通販の請求書や自治体からの通知が、
当然のように山積みになっている。
「えっと……どこだっけ……
……あ、あった!!」
請求書の山の中から、
2つ折りにされた一枚の紙を引き抜く。
そこには志希の名前と生年月日が印字されていた。
背後で弟が呆れた声を漏らす。
「……嫌な予感しかしない」
志希は勢いよく紙を掲げた。
「見て!!
婚姻届!!!
もう用意してあるの!!!」
コメント欄が爆速で流れる。
《草》
《なんで請求書の上に婚姻届あるんだよ》
《トップで婚姻届引く配信者初めて見た》
《山札操作してるだろ》
《運命力の使い方間違ってる》
弟は頭を抱えた。
「志希……婚姻届をトップする人生、怖すぎるよ」
志希は婚姻届を掲げたまま、
画面に向かってキラキラした目で言う。
「だっていつ運命の人が現れるか分かんないじゃん!!
今日だったんだよ!!
カード拾ってくれたんだよ!?
これはもう……
“運命のトップ”でしょ!!」
弟「いや請求書を先に処理しようよ」
志希は紙を胸に抱きしめる。
「この婚姻届……
今日のために存在してたんだよ……
私の人生のデッキに眠ってた“切り札”なんだよ……!」
弟「人生をカードゲームみたいに語るのやめて」
《人生デッキは草》
《婚姻届が切り札の人生嫌だ》
《カード拾っただけで結婚は無理》
志希はさらに暴走する。
「結婚式のデッキレシピも考えてるんだよ……
白単で清楚にまとめて……
でも相手が黒単好きだったら……
あっ、ハイブリッドで夫婦デッキにするのもアリ……!」
弟「いや、まずは名前聞くのが先だろ」
《弟が正論》
《志希の恋愛脳が限界突破してる》
《結婚式のデッキって何だよ》
《志希の恋愛デッキ、事故ってるぞ》
志希は胸を張り、高らかに宣言した。
「今日の配信は……
“未来の旦那が来るのを待つ配信”にする!!」
《タイトル重すぎ》
《重いっていうか禁止カード級》
《初対面で結婚宣言はコスト踏み倒し》
志希は聞いていない。
「だってさ!!
あの人、絶対カード好きだもん!!
私の配信に来ない理由がないよ!!」
《志希、相手の準備フェイズ待って》
《相手まだデュエル開始してないのに攻撃宣言してる》
《志希のターンが永続してるのバグだろ》
《志希の恋愛デッキ、ソリティア構築》
《弟、早くジャッジ呼んで》
弟「無理だよ。もう聞いてないもん」
志希は画面に向かって両手を合わせる。
「お願い……今日だけは……
あの人、見てて……!」
《重い》
《怖い》
《でもちょっと応援したくなるの悔しい》
こうして志希の“待つだけ配信”が始まった。
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1時間経過。
「……まだ来ないね……
でも大丈夫、きっと忙しいんだよね……」
コメント欄は冷静だった。
《いや来ないよ》
《志希、現実見て》
《カード拾っただけの人だよ》
2時間経過。
「……あの……
もしかして……迷ってるのかな……?」
《迷ってない》
《そもそも志希を知らない》
《志希の恋愛偏差値ゼロ》
3時間経過。
「……来ない……
なんで……?
私……結婚する気満々なのに……?」
「その気持ちが重いんだよ」
「重くないよ!!
カード拾ってくれたんだよ!?
あれはもうプロポーズだよ!!」
コメント欄は容赦ない。
《違う》
《恋愛のルール知らないの?》
《カードゲームより難しいぞ》
配信開始から三時間。
結局、例の男は現れなかった。
志希が画面の前でしょんぼりしていると、
コメント欄にひとつの書き込みが流れた。
《志希、それ……》
《もしかして“カード落としちゃった男”じゃね?》




