志希、コンビニ同盟に敗北
ちょっと長め
人気カードゲーム“ドラゴンズ・オブ・エタニティ”新パックの発売日――
志希は見事に爆死した。
財布は軽く、心は重い。だが、そこで諦めるような女ではない。
翌朝。
志希は布団にくるまりながら、スマホ片手にXをスクロールしていた。
「○○店は朝5時入荷」「××店は朝6時」「◇◇店は在庫あるけど店員が隠してる」
昨日の争奪戦を生き延びた猛者たちの書き込みが、タイムラインを埋め尽くしている。
――なるほど。
情報が多い地域は、逆に地獄の戦場になる。
だが志希の“ホーム”は違った。
書き込みが少ないということは、目をつけられていないということ。
つまり……穴場がある。
「……これは、行くしかないでしょ」
志希は布団を蹴り飛ばし、勢いよく立ち上がった。
徒歩圏内のコンビニを、しらみつぶしに回る――
そんな原始的で、しかし志希の脳内では“天才的”な作戦を胸に。
そして、廊下を歩いていた弟を捕まえる。
「起きてるならちょうどいい、一緒にコンビニ行くよ!」
「は? なんで俺も?」
「いいから! 二人で回ったほうが効率いいでしょ!」
今回も弟は完全に巻き込まれた。
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志希は寝起きで髪ぼさぼさの弟を連れ、
徒歩圏内のコンビニ巡りを開始した。
片手にはスマホの地図。そこに打たれたピンは、
まるで弾幕のように画面を埋め尽くしている。
「……気になったんだけど、それ、なに?」
弟が半目で尋ねる。
「今日回る予定のコンビニ全部リストアップしたから!夕方までには全部回れる予定だよ!」
志希は誇らしげに胸を張る。
弟は深いため息を落とした。
――地獄の一日が始まった。
このとき志希は知らなかった。
近隣のコンビニ間で、すでに「志希対策マニュアル」が共有されていることを。
1軒目は、いつもの店員がいる馴染みのコンビニだった。
昨日と違うことといえば、入口に貼られた手書きの注意書き。
『カードパック在庫わずか』
『おひとり様1パックまで』
志希はその紙を見て、首をかしげた。
「なんか……昨日より厳しくなってない?」
「いや、お前のせいだよ」
「えっ、なんで!?」
弟の冷静なツッコミに、志希は本気で驚いている様子。
店内に入ると、店員が一瞬だけ志希を見て、すぐに視線をそらした。
その動きは、“警戒対象が来た”と悟っているようだった。
レジの横には、まだ新パックが並んでいた。
「おおっ……あるじゃん!」
志希の目が輝く。
「一人1パックって書いてあるけど」
「大丈夫、二人いるから2パック買える!」志希は胸を張る。
弟は「いや、そういう問題じゃないだろ」と思いつつも、
姉に腕を引っ張られてレジへ向かった。
店員は志希を見るなり、わずかに肩を強張らせた。
だが、マニュアル通りに淡々と対応する。
「おひとり様1パックまででお願いします」
「はいっ!じゃあ私と弟で1つずつ!」
志希は満面の笑み。
弟は寝起きのまま、無言でパックを差し出す。
店員は二人の顔を交互に確認し、しぶしぶ頷いた。
「……確認しました。では2パックどうぞ」
「やったぁ!」
志希はレシートを受け取ると、店を出た瞬間にパックを掲げて叫んだ。
「ねえ!見て!幸先いいよ!今日は勝てる日だよ!」
「……まだ1軒目なんだけど」
弟はため息をつきながらも、姉のテンションに押されて歩き出す。
しかし志希は知らない。
この店員が、裏で受話器に向かいこう呟いたことを。
「……志希さん来店。マニュアル通り、購入制限で対応。次の店舗にも共有しておきます」
近隣コンビニの“志希包囲網”は、着実に強化されていた。
そして志希は、そんなこととはつゆ知らず――
スマホの地図にびっしり刺さったピンを見て、元気よく宣言した。
「よし、次の店いこっ!」
弟は空を見上げた。
――地獄の一日は、まだ始まったばかりだ。
2軒目は、1軒目からさほど離れていない場所にあった。
志希は地図を見ながら鼻歌まじりで歩き、弟は寝癖のままついていく。
「……いらっしゃいませ」
入店した瞬間、弟は店員の視線が一瞬だけバックヤードへ向いたのを見逃さなかった。
だが、カードにしか興味のない志希は、そんなものに気づくはずもない。
志希はレジ横へ向かい、カードコーナーを確認する。
「パックくだ――」
志希が言い終わる前に、バックヤードの扉が開いた。
「志希さんですね。おひとり様1パックまででお願いします」
志希は固まった。
「……なんで知られてるの……?」
弟は「あー……」とだけ言った。
志希は震える指でパックを指さす。
「で、でも……買えるんだよね……?」
「はい。1パックでしたら」
志希は無言で1パックを手に取り、弟も仕方なく1パックを持つ。
買えたは買えたが、志希のテンションは明らかに下がっていた。
店を出ると、志希は無理やり笑顔を作る。
「……まだ2軒目だから! 次行こ、次!」
その背中を見送りながら、店員は小声でつぶやいた。
「……対応完了。次の店にも伝えとくか」
弟は空を見上げる。
――俺たち、今日だけで町内のコンビニ全部に顔覚えられるんじゃないか。
3軒目は、少し変わったチェーン店だった。
キッチン併設型で、店内調理ができる――それ自体は珍しくない。
だが、この店はなぜかカレー関連だけ異常に充実していた。
棚一面のカレー弁当。
スパイスの山。
謎のインド風ポスター。
そして店内には、エスニックなBGMが流れている。
「……なんでカレー推し?」
弟が眉をひそめる。
二人が入店すると、レジ奥から店員が顔を出した。
「シキサン、デスネ」
志希は飛び上がった。
「なんで外国人!?」
「ヒトリ1パック。ソレヨリ、カレー、ドウデスカ」
志希は戸惑う。
「え? でも、お昼にはまだ早いし……」
店員はにっこり笑った。
「カレー1個ニツキ、1パック追加で購入デキマス」
弟は即座にツッコむ。
「それ抱き合わせ販売で違法──」
「ねえ、あんた3つぐらい食べれるでしょ?」
「なんで俺!?」
志希は弟の肩を掴み、カレーの棚へと引きずっていく。
「ほら、これとか辛さ控えめだよ! こっちはスパイス強め!」
「俺の胃袋を交渉材料にするな!」
店員は満足げに頷いた。
「カレー3個、カード5パック。アリガトウゴザイマス」
志希はカードを受け取り、満面の笑み。
「やった! 今日いける気がする!」
弟はカレーの袋を抱えながら、遠い目をした。
――こいつ、俺の胃袋を破壊する気か。
店を出ると、店員はバックヤードへ戻りながらつぶやいた。
「……シキサン、カレー作戦ニ引ッカカル。次ノ店ニモ伝エル」
志希の知らぬところで、コンビニ同盟の包囲網はさらに奇妙な方向へ進化していく。
4軒目のコンビニは、これまでよりも落ち着いた雰囲気だった。
外観も普通。店内も普通。
ただ――妙に静かだ。
弟は入店した瞬間、レジ横に妙なものがあるのを見た。
(……また何か仕掛けてるな)
志希はそんな気配に気づくはずもなく、カードコーナーへ一直線。
「ある!まだあるよ新弾!」
志希がレジへ駆け寄ると、店員が淡々と告げた。
「当店は、抽選制となっております」
志希は目を丸くする。
「ちゅ、抽選……?」
店員がレジ横の台を指さす。
そこには――
小さな木製のガラポン抽選機が置かれていた。
「こちらを一人1回まわしていただき、当たりが出た場合のみ購入可能です」
弟は店員の態度を見て、すぐに悟った。
(……どうせ全部当たりだろ)
店員は何も言わない。
ただ無表情でガラポンを押し出すだけ。
志希は両手でガラポンのハンドルを握りしめた。
「……見てて。今日の私、流れ来てるから」
(いや、当たりしか入ってないんだけどな)
カラカラカラ……コロン。
出てきた球は、赤い球。
抽選機の横のPOPには、赤は「当たり」と書かれている。
志希は震えた。
「……当たった……!!本当に……当たった……!」
目が潤んでいる。
完全に感動している。
弟は言えなかった。
“一人1パックなら最初の店と同じだろ”なんて、今の志希には残酷すぎる。
志希はパックを受け取り、胸に抱きしめる。
「ねぇ、今日絶対当たるよ!抽選も当たったし!」
「……うん、よかったね」
志希は跳ねるように店を出ていく。
弟はため息をつきながら後を追った。
店員は二人の背中を見送り、レジ下のメモにチェックを入れる。
(……“ガラポン方式”・成功)
5軒目のコンビニ。
志希がレジ横のカードコーナーに近づくと、店員が静かに立ちふさがった。
「当店は……クイズ方式となっております」
志希は固まった。
「く、クイズ……?」
店員は淡々と、しかし妙に含みのある声で続けた。
「購入希望の方は、ドラゴンズ・オブ・エタニティのモンスター名をお答えください。
私が攻撃力、防御力、効果を読み上げます」
そして、急に声が低くなる。
「チャンスは一度……それでも挑戦しますか……?」
志希は震えた。
「む、無理……絶対無理……!」
店員はさらに追い打ちをかけるように、俗っぽい笑みを浮かべた。
「ククク……レアを引けば10万円も夢じゃない……
さぁ、挑むか……?諦めるか……?」
弟(なんで店員が転売前提なの……?)
志希はパニックになり、スマホを取り出して叫んだ。
「ママに聞く!!」
弟「いやカンニングじゃん!」
志希「だってわかんないもん!!ライフラインってやつだよ!!」
すぐに電話がつながる。
『志希?今どこにいるの?またお金足りないの?』
「ママ!攻撃力2200、防御力1800で、効果が“墓地からドラゴン族を特殊召喚”ってなに!?」
「いや、ママはカードゲーム知らないし」
「あんたは黙ってて!!」
店員は腕を組み、どこか大仰に告げようとする。
「制限時間は――」
その瞬間、店内の電話が鳴った。
店員「……失礼します」
受話器を取った店員は、数秒沈黙し、そして小さく頷いた。
「……はい。承知しました」
電話を切ると、店員は志希たちに向き直った。
「本部からの指示で……本日はお一人様5パックまで購入可能となりました」
志希は目を丸くした。
「えっ……わたし、答えてないのに!?」
弟は頭を抱えた。
「……これどっかで見たやつだ……」
志希は大喜びでパックを抱え、店を飛び出す。
「やったね!今日絶対当たるよ!だってクイズも突破したし!」
「突破してないんだけどな……」
店員は二人の背中を見送りながら、静かにメモを取った。
(……“クイズ方式・失敗”。次は“心理戦方式”を検討)
6軒目のコンビニ。
店内は静かで、どこにでもある普通の雰囲気だった。
――レジに“最強の人物”がいることを除いて。
出てきたのは、50代くらいのおばちゃん店員。
制服姿で、にこにこと柔らかい笑顔を浮かべている。
志希がカードコーナーに近づくと、おばちゃんは優しい声で話しかけてきた。
「まぁ〜、それねぇ。今すっごく人気なのよぉ。
うちの子も欲しがっててねぇ」
志希はビクッと肩を跳ねさせた。
「えっ、あ、あの……」
おばちゃんはさらに柔らかく微笑む。
「最近ねぇ、大人の人もよく来るのよ。
でもねぇ……子供が買えないのはかわいそうよねぇ?」
その口調は優しい。
優しいのに、なぜか逃げ場がない。
弟は悟った。
(……志希、これは無理だ。このおばちゃんは強い)
志希は震えながら反論した。
「い、いや、わたしも……近所の子と遊ぶために買いに来てるんです……!」
弟(頭脳はともかく、体は完全に大人なんだよ……)
おばちゃんは「あらまぁ」と目を細める。
「遊んでくれる大人がいることはいいことよ。
でもねぇ、うちの子はお友達の家でしかやらないから、
カードが手に入らないと仲間外れになっちゃうのよねぇ……
そういう子、多いみたいよぉ」
優しい声で、心に棘を刺してくる。
志希は限界だった。
「ち、違いますぅぅぅ!!
わたしは……ただ……一緒に遊びたいだけで……!!」
おばちゃんは「はいはい」となだめるように頷き、レジ横からパックを1つだけ取り出した。
「じゃあねぇ、一人1パックでいいわね。
これからも子供と遊んであげてね」
志希は涙目で受け取る。
「うぅ……ありがとうございます……」
店を出た志希は、パックを抱えながら震えていた。
「……わたし……なんか……心が折れそう……」
「あれは仕方ない。おばちゃんは強い」
志希は涙目で空を見上げた。
――体は大人、頭脳は子供。
それが志希という女だった。




