志希、要注意人物になる
志希がコンビニ店員に“毎日来る”と宣言してから数日が経っていた。
時刻は、空がまだ青黒い朝の5時。
コンビニの前には、寒さに震える弟と、妙に元気な志希の姿があった。
志希は跳ねるように弟の腕を引っ張る。
「ねえ〜〜〜! 早く早く!! 先に並ばれちゃうよ!!」
寝癖のままの弟は、マフラーを押さえて呻いた。
「帰りたい……なんで朝5時……」
「だって今日、新パック入荷するかもしれないんだよ!? 来なきゃダメでしょ!!」
「“かもしれない”で来るなよ……」
志希は胸を張り、妙な誇らしさを漂わせる。
「私はね、レアカードのためなら命をかける女なの!」
弟は冷静に言う。
「昨日までウーバーのために命かけてたよね」
「それはそれ、これはこれ!」
その日は人気カードゲーム“ドラゴンズ・オブ・エタニティ”の新弾発売日。
志希は完全に戦闘態勢だった。
やがて6時になり、いつもの店員が出勤してきた。
「おはようございま──あっ……」
志希が満面の笑みで手を振る。
「おはよ〜! 今日ドラゴンズの新弾入るよね?」
店員はその瞬間、悟った。
今日も地獄が始まる。
「……入荷時刻、未定です……」
「じゃあ入荷するまで待つね!」
弟は頭を抱えた。
「やめてくれ……」
店員は心の中で泣いた。
そのまま数十分が過ぎ、配送トラックが店の前に停まると、志希は反射的に叫んだ。
「よし!! 行くよ!!」
「うわっ、引っ張るな!!」
志希は全力で店内へ突撃し、店員の腕から新弾BOXを奪いかねない勢いで覗き込む。
「ま、まだ陳列準備が……」
「陳列準備!? そんなのいいから早く!!」
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志希はイートインスペースを占領し、買ったばかりのパックを整然と並べた。
弟が引きつった声を出す。
「ここで開けるの……?」
「ここが一番落ち着くの!」
店員は心の中でつぶやいた。
(落ち着かないよ……)
志希は深呼吸し、1パック目を開封した。
──ペリッ。
無言で固まる志希。
「どうしたの?」
「………………」
「え、なにその顔こわい」
震える声が漏れた。
「……光って……ない……」
弟が慰めようとした瞬間、志希は爆発した。
「光ってないのおおおおおおおおおおお!!!!!!」
店内に絶叫が響き渡る。
「なんで!? なんで!?
私、朝5時から来たのに!?
空気が言ってたのに!?
今日こそ当たるって言ってたのに!?!?」
「空気のせいにするな」
店員はレジにしがみつきながら震えた。
「……なんで……なんでうちの店で開封するんですか……」
志希は涙目で叫ぶ。
「だってここ、私の聖地なんだもん!!」
「やめて……」
その後も志希は期待MAXでパックを開封したが──
お目当てのレアは一枚も出なかった。
やがて志希は外れカードの束をレジにドンッと置いた。
「はい、これ買い取って!!」
「えっ……? いや、うちは買取やってないので……」
志希はスマホを取り出し、
“相場を調べてるフリ”をしながら値段をつけ始めた。
「ほらこれ! キラッてしてるから300円!
こっちはちょっと光ってるから80円!
これは光ってないけど絵がかわいいから150円!
で、これ! 枠がレアっぽいから500円!
SRは……出なかったけど、出てたら50000円だったの!!」
店員は冷静に突っ込む。
「出てないですよね……?」
志希は勝手にレジを操作し始めた。
ピッ、ピッ、ピッ。
「ほら、全部で2000円買取で打っといたから!」
「やめてください!! レジ触らないで!!」
弟が叫ぶ。
「志希、それ普通に犯罪だよ!!」
志希は胸を張った。
「だって外れカードでも価値あるでしょ!?
私が朝5時から並んだんだよ!?
その努力も含めて査定して!!」
「努力は査定に入りません……」
志希は突然、店員を指さした。
「ねぇ、これサーチ済じゃない!? 絶対サーチしたでしょ!!」
「してません!!」
「だって光ってなかったもん!!」
弟が淡々と言う。
「それは普通に外れただけだよ」
志希はさらに詰め寄る。
「じゃあ責任取って買い取って?」
「なんでそうなるんですか!!」
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志希が外れカードを握りしめて帰った後、店内はようやく静かになった。
店員はレジに突っ伏し、魂が抜けた声で呟く。
「……もう無理……」
そこへ店長がバックヤードから出てきた。
「また志希ちゃん来てたのか」
「今日はレアカードが出なくて“サーチ済認定”されました……」
店長は深いため息をつき、一枚の紙を取り出した。
『志希対策マニュアル(初版)』
「初版ってことは続くの……!?」
店長はマニュアルを読み上げた。
・志希が来た日は売上より精神の安定を優先
・志希は朝5時から来る可能性あり
・志希は帰った後に戻ってくることがあるので油断しない
・カードの入荷情報は“未定”で統一
・レジを触られる前に死守
・外れカードの買取は絶対にしない
・志希の“努力査定”は存在しない
・サーチ疑惑をかけられても泣かない
・志希が発狂するとママが突然現れることがある
・ママの「本社の人間に連絡する」は脅しではなく事実
・ママが料理指導を始めたら電子レンジは志希専用
・ママは話が通じるが、志希の味方をし始めたら全てが終わる
店員は震えた声で言う。
「……これ、貼るんですか?」
「貼る。バックヤードの一番目立つところにな」
「いっそ出禁にしたほうが良くないですか?」
店長は静かに答えた。
「……無駄だ。謎の圧力で店が潰される」
「……たしかに」
店長はマニュアルを壁に貼りながら呟いた。
「明日も来るんだろうな……」
「来ますね……」
二人は深いため息をついた。
志希はまだ知らない。
自分専用の“対策マニュアル”が店に貼られていることを。




