志希、ATM残高0円
志希は「生活改善企画」と称して、
今日も当然のようにウーバーを頼み続けていた。
その結果、財布はあっという間に空になった。
ウーバー代が尽きたことに気づいた志希は、焦った声で弟に電話をかける。
「やばい……ウーバー代がもうない……」
弟は呆れたように
「だから自炊しろって言ってるだろ」と返すが、
志希は聞く耳を持たない。
「ATM行けばいいんだよ! ママが振り込んでくれてるはずだし!」
そう言って、志希は唯一の外出スポットである近所のコンビニへ向かった。
「ATMって毎日ログインボーナスくれる神装置だよね!」
いつもの調子でATMを操作するが、画面に表示された残高は──0円。
「……え?」
もう一度確認しても、やはり0円。
「なんで!? ママが振り込んでないの!? 今日ウーバー頼む予定なのに!!」
電話越しの弟は「知らん」とだけ返した。
パニックになった志希は、そのまま店員に詰め寄る。
「すみません!! お金がないんですけど!!」
店員は困惑しながら
「それは……お客様の口座の問題では……?」
と答えるが、志希は首を振る。
「違うんです!! ママが振り込むの忘れたんです!! どうにかしてください!!」
「どうにもできません……」
「なんで!? 今日ウーバー頼まないと死ぬんですけど!!」
「……知らないです……」
志希は逆ギレし始めた。
「ママが悪いんだよ!! なんで振り込んでないの!?
私、生活改善企画やってるのに!! ウーバー頼めないじゃん!!」
店員は思わず「生活改善とは……?」と漏らす。
志希は胸を張って言う。
「ウーバー漬けの生活を立て直すには、
まずウーバーを頼むところから始めるの!」
店員は「改善してないですよね……?」
と苦笑いするしかなかった。
そこへ、セカンドバッグを持ったママが現れた。
「志希、何してるの?」
志希は泣きつくように
「なんで振り込んでないの!? ウーバー頼めないんだけど!!」と訴える。
ママは店員に向かって丁寧に頭を下げた。
「この子が迷惑かけてごめんなさいね。
あとで本社の人間から連絡がいくと思うので、対応よろしくお願いします」
店員は青ざめ、「えっ……えっ……?」と声を震わせる。
一方、ママの登場で安心した志希はふと疑問を口にする。
「……ていうかさ、
ママと弟って毎日どうやってご飯食べてるの?」
ママはその場で固まり、店員が引きつった笑顔を浮かべる。
弟が電話越しに答える。
「普通にキッチンで作ってるけど」
志希は本気で驚いた。
「えっ……うちって料理できるの……?
キッチンなんてあったっけ……?」
店員は思わず口を挟む。
「……家には大体ありますよ……?」
志希は震えた。
「……知らなかった……」
ママはため息をつき、ATMの横で志希の肩を掴んだ。
「志希、もう……今日くらいは自炊してみなさい」
志希は緊張した顔で頷く。
「……ついに私も……料理デビュー……!」
ママは志希を連れて、
同じコンビニの冷凍食品コーナーへ向かった。
店員(この子の人生全部ここで完結するの……?)
ママは冷凍食品コーナーの前で立ち止まり、
いくつかの商品を手に取った。
「志希、今日はこれにしましょう」
志希は目を輝かせた。
「これが……料理の材料……!?」
店員は小声でつぶやく。
「……完成品です」
商品の購入後、ママはレジ横の電子レンジを指さした。
「志希、あれで温めて」
志希は息を呑んだ。
「……これが……料理……!」
──ピッ。
──ウィーン……
志希は電子レンジの前で祈るように手を組んだ。
「……すごい……!
私、料理してる……!」
店員「温めてるだけです」
志希は胸を張った。
「でも! 私の人生初の自炊なんだよ!!」
温め終わった“料理”を前に、志希は満足げに言った。
「……よし! 自炊もできたし……
ご褒美にウーバー頼も〜っと!」
店員「ここで!? ここで頼むの!?」
弟(通話)「志希、頼むから今日くらいはやめろ」
志希はスマホを操作しながら言った。
「やだ。ウーバーは私の主食だから」
その瞬間、店員の表情がふっと崩れた。
「……もう……無理です……」
志希「え?」
店員はレジに手をつき、肩を震わせながら涙をこぼした。
店員は涙声で叫んだ。
「自炊じゃないし!!
ウーバー頼む前にお母さんに謝ってください!!
ていうか“全部店内で済ませる”のやめてください!!!」
弟(通話)「志希、店員さん泣かせるのはやめろ」
しかし志希は自信満々に言い返した。
「だって便利なんだから仕方ないじゃん!!
私、今日“料理”したよ!?
ちゃんとボタンも押したし!!あれ努力でしょ!?!?」
店員は悟った。
この子は今日も、そして永遠に、自炊しない。
店員が涙を拭いながらレジに戻ろうとしたその時、
志希はスマホをしまいながら、何気なく言った。
「……あ、そうだ。
明日もここ来るから、よろしくね」
店員「えっ……明日も……?」
志希は当然のように頷く。
「うん! だってここ、ウーバー代下ろせるし、
料理の材料あるし、電子レンジあるし、
トイレもあるし、全部ある!
もう私の家みたいなもんじゃん」
店員の顔から血の気が引いた。
「……全部……?」
志希は満面の笑みで言った。
「うん! ここ、私の生活拠点にする!」
店員「やめて……」
弟(通話)「志希、店員さんのHPもうゼロだぞ」
志希は気にせず続ける。
「明日はもっと料理覚えるから!
またよろしくね、店員さん!」
志希は手を振りながら店を出ていった。
店員「お願い……もう来ないで……」
志希は明日も来る。
そして明後日も来る。
そして永遠に来る。




