志希、カードショップ出禁になる
その日、志希は珍しくカードショップに向かっていた。
志希はこれまで、カードショップという場所に縁がなかった。
カードゲームのルールも知らないし、
カードどころか日用品も全部ネットで買うタイプだ。
そんな志希が、珍しく外に出た理由はひとつ。
「……オリパのジャックポットガチャ……売り切れてた……」
布団の上でうつ伏せになりながら、志希は絶望していた。
弟が呆れた声を出す。
「志希、あれ毎月1日にしか引けないやつだろ。
また来月回せばいいだろ」
「でも……今日の私は……
絶対に“ジャックポット”引ける気がしてたの……」
「知らんわ」
しかし志希は諦めなかった。
「ねぇ……今日だけ……カードショップ行ってみたい……
ワンチャン、同じのがあるかもしれないし……」
弟はため息をつきながらも連れて行くことにした。
「志希、店で変なことすんなよ。
あそこはお前のホームじゃないからな」
「わかってるよ! 私だって空気読むよ!」
──この時の志希は、本気でそう思っていた。
だが、店に入った瞬間。
店員が驚いた声を上げた。
「志希さんですよね!? あの“すべてを失うもの”の……!」
志希は即座に叫んだ。
「その呼び方やめて!!」
店内の客たちもざわつき始める。
「本物だ……」
「伝説の元ネタ……」
「初手で勝った女……」
「志希さん、サインください!」
志希は戸惑いながらも、
人生で初めて“姫扱い”を受けていた。
常連が席を譲ってくる。
「志希さん、席どうぞ!」
別の常連が慌てて言う。
「飲み物買ってきます!」
さらに別の常連が声を上げた。
「デッキ見せてください!」
志希は目を丸くした。
「えっ……なんか……すごい……
私、カードショップで姫になってる……?」
隣の弟が冷静に言う。
「志希、調子乗るなよ」
志希はむくれながら言った。
「乗ってないよ! ちょっと嬉しいだけ!」
しかし事件は突然に起きる。
その日、店内には“独特の香り”を放つ常連がいた。
志希は小声で弟に囁く。
「ねぇ……なんか……においが……」
弟はため息をついた。
「カードショップではよくあることだ」
志希はバッグから消臭スプレーを取り出す。
「ちょっとだけ……シュッてすれば……」
弟が慌てて止める。
「やめろ志希!!」
しかし志希は聞かない。
「大丈夫だよ、ちょっとだけ──」
プシューーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
志希の手が滑り、
消臭スプレーが全力噴射した。
店内に白い霧が広がる。
「目がああああ!!」
「カードが湿気る!!」
「志希さん!? 姫!? 何してるの!?」
店員が叫ぶ。
「ちょっ……店内でスプレーは……!!」
志希は青ざめた。
「ご、ごめん!! 手が滑って……!!」
しばらくして、店長が深刻な顔で近づいてきた。
「志希さん……あなた、全国的に有名な方ですよね……?」
志希は縮こまる。
「はい……すみません……」
店長は深いため息をついた。
「……申し訳ないですが……
当店、消臭スプレー全力噴射は規約違反です。
しばらく来店をお控えください」
志希は叫んだ。
「出禁!? 私、姫だったのに!?
なんで!!?」
弟は冷静だった。
「出禁で済んだだけありがたいと思え」
そして志希は配信をつける。
「みんな……聞いて……
私……カードショップで姫になったんだけど……
消臭スプレーぶちまけて……
出禁になった……
なんか……もう……どうしたらいいの……」
コメント欄が爆発する。
「志希、姫から一瞬で追放」
「消臭スプレーで出禁は草」
「カードショップの空気に耐えられなかった女」
「伝説の元ネタがまた伝説を作った」
「志希、今日も全部失ってる」
志希は涙目で言った。
「……でもさ……
出禁になったってことは……
家でオリパ回せってことだよね。
次こそ当たる気がするんだよね」
リスナーは悟った。
志希は今日もブレない。




