9 穏やかな笑顔は夏の者
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先ほどより、今代の皇后選定が始まった。皇后選定というのは文字通り皇后となる人物を選ぶもので、同時に四夫人の位も今後変動することのない地位に決まる。今の四夫人も仮などではないが、これは基本一時的なものなのである。
選定のテーマは毎回異なるが今回は『皇帝陛下の呪いについて』。皇后に相応しいかどうかは皇帝視点の話なので、皇帝によっては『皇后は危険なことに首を突っ込まず、指示だけする』というような考えの者がいてもおかしくない。妃の性格とどの程度主人を理解しているかで結果も大きく変わってくるだろう。皇后選定ではそれらを総合して、優秀だった妃から順に皇后、貴妃、淑妃……と一人ずつ選ばれていく。一番下の位の賢妃だけは席が余るので、例年通りなら九嬪からの繰り上げになるはずだ。
「これからどうするか、迷いますね」
「あなたは……」
「先ほどは他の方の対応でご挨拶に向かえず、失礼を致しました。淑妃の芙蓉と申します。以後お見知りおきくださいませ」
春麗宮に帰る道中、蓮華に声を掛けてきたのは同じ方角の清夏宮に向かって歩いていた淑妃。穏やかな笑顔を見せる彼女は蓮華と同じ艶やかな黒髪と、淑妃の禁色でもある青色の瞳を持っているようだった。美しい青の衣は彼女のクールな雰囲気によく似合っている。
「瑞蓮華です。あなたが淑妃様でしたか。実は四夫人の中で一番初めに入内されたとのことで、当時のお話を聞いてみたいと思っていましたのよ。それにとても美しい字を書かれるとのことで……」
「嬉しいです。もし良かったら、今度お茶をしませんか? 後宮にはとても美しいお花畑がありまして、近くに東屋も建っていますので」
いかがですか? と一切の毒気もない笑顔で提案される。四夫人の中だと一番優しそうに見えるが一応後宮の妃なので完全には信用しない方が良いだろう。だが皇后選定で戦うライバルである以上、多少は相手のことを知っておいた方が後で都合よく事が進む。
式神の霜と同じ、神秘的な金色の瞳を柔らかく細めた蓮華は、芙蓉の言葉に小さく頷いた。
「わたくしの方からお誘いしたいくらいです。早速ですが明日のお昼頃は空いていますか?」
「ええ、何も予定はなかったと思います」
「ではこの日程にしましょうか。急に用事ができた場合は遠慮なくご連絡くださいまし」
基本的にいつでも予定は空いていますから、という言葉は飲み込み、余裕のある妃を装っておく。どこで誰が何を聞いているかなんて、蓮華には分からないのだ。それなら少しでも隙を見せないよう気を遣うべきだろう。皇后にはなりたくないし、予定通り貴妃になっても辞退するつもりだが早死はしたくない。田舎に籠って残りの人生を謳歌するのだ。
「ありがとうございます。蓮華様も今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休みくださいね。それではまた明日」
蓮華に向かって一礼し、身を翻した芙蓉。彼女は淑妃に選ばれるだけあって、最初から最後まで立ち振る舞いが完璧だった。性格の面も四夫人の中では一番安全だろう。芙蓉の後ろ姿を目で追っていた蓮華は今度こそ自分の宮に帰るべく歩き出した。
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