40 それはさながら蛇と蛙
「この場ではわたくしと呪いの犯人だけが知っているであろう情報のひとつに、『皇帝の体には腹から心臓にかけて、生物の紋様がある』というものがあります。わたくしが知っている理由はお渡りの際、陛下の方からこの話をしてくださったからです。真偽は疑うのであればご本人にお聞きくださいませ」
あの蛇の紋様はとても禍々しく、まるで心臓を喰おうとしているかのようで恐ろしかった。あれだけで並々ならぬ殺意を抱いているのが伺える。しかし黒曜はそれほど恨まれるようなことをした覚えはないと言っていた。本人が気付いていないのか、それとも逆恨みのようなものなのか。皇帝が狙われる理由はいくらでもあるので蓮華には分からない。
「その紋様というのは、やはり蟲毒に使われた生物のものなのでしょうか」
「恐らくは。陛下は呪いに掛かったのは『二年ほど前の春。先帝が亡くなり、皇位を継いだ直後』とおっしゃっていたのです。この時点で二年前、後宮にいなかったわたくしと夢鈴様はあり得ませんね」
「ですがあなた方は名を持つ一族でしょう。わたくしや芙蓉妃と違い、入内前からお会いすることもできたのではありませんか?」
いきなり容疑者が半分に減らされた状況で、焦りを見せたのは当然芙蓉と雪璃。夢鈴は安心したように一息吐いていた。だが完全に容疑者から外れたと判断するにはまだ早い。何せ夢鈴は式神が毒蛇であるせいで、黒曜本人から『最有力候補』と言われてしまっているのだから。
「はい。わたくしが入内前に陛下にお会いしたのは一度きりで、十三歳の時……つまり今から五年前になります」
「それなら蓮華様ではないでしょうね。夢鈴様はいかがでしょうか?」
「私はたしか……十年前だったはずです。その翌年にもう一度お会いしていますが、お姉様同様呪いを掛けるのは無理ですよ」
茶番だな……と思わなくもないが、全員の意見を聞きながら話を進めるのが一番安全だ。いきなりこの人が悪い、などと言ってしまえば大変なことになるのは目に見えている。蓮華は自分の身を守れるが、心配なのは他三人が怪我をすることだ。四夫人が傷を負うようなことがあればどれだけ静かに物事を進めていても大事になって結局は面倒なことになる。
だがそろそろ核心を突いて良いだろう。ここからが本番だ。
「でも夢鈴様、あなたはまだ容疑者から外れませんよ。言ったでしょう、陛下の体には蟲毒に使われたであろう生物の紋様があると」
「……それがなぜ、私を疑う理由に……?」
「夢鈴様の式神と同じ、蛇の紋様だからではありませんか?」
「……えっ?」
────そうだ、それで良い。上手く引っかかってくれた。この場が凍り付く決定打となったのは、『蛇の紋様』と口にした淑妃芙蓉の発言だった。
「……な、何でしょうか?」
「お気付きでした? わたくし、その紋様が何の生物かは言っていなかったのですよ。その紋様のことを知っているのは陛下と側近の方、わたくし、そして呪いを掛けた犯人のみ。答えてください、芙蓉様」
あなたはなぜ、それが蛇であると知っているのですか?
震える手で口元を覆い、その美しい青色の瞳が零れ落ちそうなほど大きく目を見開く芙蓉。首を傾げ、美しい笑みをたたえて。けれども決して獲物から目を離すことなく彼女に視線を向けた蓮華は、まるでその場から動くなとでも言わんばかりに、ほんの一瞬だけ鋭い睨みを効かせた。
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