36 『欲望に忠実であること』
『蓮華が何かに縛られることを嫌うのって、蓮華の気持ちに関係なく将来後宮という名の鳥籠に入ることが決まっているからじゃない? だから無意識に抗えるうちは……と思ってる』
そんなことを、昔兄に言われたことがある。当然そんなはずはないと否定したが、兄は確信しているかのように自信たっぷりでその言葉の続きを話すのだ。
『だって自由を望んでいると言う割に、この家からは逃げ出そうとしないでしょ? 蓮華ならその身一つで生きていける。それは自分が一番良く分かっているはずだよ。なのにそうしないのは、蓮華を引き留める何かがあるからに他ならない』
いつものように飄々としていて掴みどころのない態度だったが、すべてを見透かすようなあの目を良く覚えている。兄は瑞家の跡取りなのだと嫌でも理解させられた。あの時の蓮華は俯いたまま何も言葉を返せず、結局兄が『余計なことを言ったね』と優しく頭を撫でて解放してくれたのだ。蓮華の兄は蓮華を溺愛していて、優しくて、甘い。けれど紛れもなく蓮華より人生経験が豊富な人で、蓮華のことを一番に考えてくれていて、だからこそ時に厳しいことを言うのだ。
「……分かっています、お兄様。わたくしが瑞家から逃げ出さなかったのは結局、その立場を利用して黒曜様のお傍にいさせていただくため」
ここにはいない兄へ、呟くように言葉を紡ぐ。今まで決して認めようとしなかったその本音を聞いて、霜はひどく驚いたようだった。
自由を望んでいるのは本当だ。誰だって大空の下で羽ばたきたい。自然の中で生きてきたからこそ、また同じ空気を吸いたいと乞い願っている。けれども同じくらい彼から離れたくない。幼い頃に黒曜に出会っていなければ、このように悩むこともなく後宮を出るという選択ができたのだろうか。そう考えるも、すぐに首を振って否定する。
蓮華は何度生まれ変わっても、どんな状況で出会っても必ず、大好きな彼に恋をする。どれほど素晴らしい男であるのかは蓮華の魂に刻み付けられているのだ。
「…………」
『蓮華……?』
「────ねぇ、霜? 選べるだけありがたくてすごいことだと思わない?」
普通なら望んだからといって皇后に選ばれるわけではないのだ。それが蓮華の場合、貴妃というアドバンテージのおかげで努力すれば報われる可能性が高い。
「半端な覚悟で皇后になれるとは思っていないわ。今でも黒曜様に相応しい女であるかは自信がない。でも、いつまでも悩んで俯いているのはわたくしらしくない」
『……と、いうことは』
「わたくし、皇后になってみせる。そのためにまずは黒曜様の呪いを解呪しなければ」
女に二言はない。これは誰に勧められたのでもなく、今この瞬間に蓮華が自分で悩んで自分で決めたことだ。『黒曜様の隣で歩くのはわたくしがいい』と。それだけで皇后を目指す理由には充分ではないか。恋をした相手と結ばれたいと願うのは当たり前。
『ああ、我は応援するぞ蓮華』
頑張れ、と言ってくれる霜はここ最近で一番嬉しそうに笑っている。蓮華が口にする望みと心に秘めた望み、どちらも彼には分かっていたはず。宣言しておきながら、ずっと葛藤していたことも。だからどちらを応援するべきか悩んでくれていたのではないだろうか。
皇后を目指すことにしたからと言って、自由を諦める必要はないのだ。黒曜が蓮華なしでは生きていけないくらい蓮華に惚れれば、たまには自然の中で走り回ることも許してもらえるだろう。
瑞家直系の女性には、強力な式神を生み出せることの他にもうひとつ、共通点があった。
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