35 その幸せを隣で
◇
「ねぇ、蓮華様はどうされたの? 先ほどお見かけした時も少し暗いお顔をされていたし……」
「ずっとお部屋に籠ってらっしゃるし……」
「夕食だって不要と言われたわ」
黎邦を春麗宮の門まで見送った後、寝台にうつ伏せになり、枕へ顔を伏せた蓮華は今日の出来事について考えを巡らせていた。心配した侍女達が一声掛けるか迷っているらしく、部屋の扉の前で話し合う声が聞こえる。いつもならここで心配いらないと顔を見せるところだが、今はどうしてもそんな気分になれない。
しばらく無心で侍女達の声を聞いていればやがて答えは出たらしく、部屋の前から去って行く足音がした。
『心配されているぞ』
「……うん」
『蓮華』
「嫌なの」
まるで小さな子供のように、傍にいてくれる霜から目を逸らして駄々をこねる。侍女にも霜にも、心配されているのは知っている。けれど嫌なものは嫌なのだ。
『何がだ』
「……他の妃が黒曜様のお隣にいる姿を見ること」
『…………』
「皇后になんてなりたくない。わたくしはこの選定を何とか乗り切って、貴妃に選ばれる。そして実家に帰ると決めたの」
約二週間前、父から四夫人に選ばれた話を聞いた時に。そして選定が始まってから、何度も皇后にはならないと宣言した。皇后になりたくない気持ちは今でも変わらない。変わったのはもっと別の部分。
「でも、辛い。黒曜様には幸せになっていただきたいけれど、その幸せを隣で見るのはわたくしがいい。他の妃と並んで歩く姿を、わたくしは初めて見たの……」
これは昼間、清夏宮で下女のふりをしていた時の話だ。蓮華を助けてくれた黒曜は、その後芙蓉と共に清夏宮の中に入って行った。
お渡りというのは皇帝が妃の宮へ行くものであり、夜伽を目的とするそれは大抵夜であるため、他の妃がその姿を見ることは滅多にない。でも今回は例外だった。
蓮華は自分が共に人生を歩めなくても、黒曜が幸せならそれで良いと思っていた。望み通り妃という鎖に縛られることなく生きて、遠くからその活躍を耳にすることができれば充分だ、と。けれど二人の後ろ姿を見た時、自分でも驚くほど胸を締め付けるような悲しい気持ちが湧き上がってきたのだ。
『……皇后の座に縛られる代わりに隣で共に生きていくか、自由を選んでこの先の人生で一目もあの男の姿を見ることなく生きていくか。選べるのはどちらかだ』
「分かってる」
蓮華がその気になれば皇后の座を自身の者にすることもできるだろう。貴妃という時点で最も有利な勝負、その上瑞家出身の女性で能力も優れているのだ。審判者の一人である黎邦も蓮華を皇后にと推しているようだった。
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